竹光侍 浪人・橋本清十郎

 すると木の陰に隠れていた武士たちが姿を現す。
一人、二人ではない。
次々と現れ、その数は二十人近くに及んだ。
全員が帯刀している。
しかも立ち居振る舞いからして町道場の剣客ではない。
実戦慣れした武士たちだった。
 生き残った用心棒たちの顔色が変わる。
左馬之助も思わず舌打ちした。
「まだいたのか……!」
先頭に立つ武士が口を開く。
「なかなかの腕利きがいるようだが、ここで失敗するわけにはいかんのでな。悪く思うなよ」
そう言って刀を抜く。
他の武士たちも一斉に刀を抜いた。
賊たちとは比べ物にならぬ殺気が周囲を包む。
 その中で清十郎だけが落ち着いていた。
「そうか」
手にした刀を眺める。
刃には血がこびり付いている。
「そろそろ血糊で切れ味が悪くなってきたのでな」
そして最前列の武士へ視線を向けた。
「お主の脇差をもらう」
「何?」
武士が眉をひそめた瞬間だった。
袈裟斬りが放たれる。
だが清十郎は紙一重で身をかわした。
さらに懐へ飛び込む。
武士が反応するより早く腰の脇差を抜き取った。
「なっ!?」
清十郎はそのまま相手の背後へ回り込む。
一閃。
武士は声も上げられず倒れた。
戦いが再開された。
しかし今度の相手は賊ではない。
武士である。
しかも数が多い。
護衛たちは必死に応戦するものの次々と倒れていった。
やがて戦況はさらに悪化する。
残った用心棒は左馬之助を含めてもわずか四人。
一方、武士たちはまだ十二人も残っていた。
番頭の茂吉や奉公人たちは荷車の周囲で震えている。
このままでは皆殺しになる。
清十郎はそれを見て大きく息を吐いた。
そして声を張り上げる。
「お主ら!」
武士たちの動きが一瞬止まる。
「どうせ全員を殺すつもりなのであろう!」
武士たちは怪訝そうな顔をした。
「それならば今、某を殺さねばその願いは叶わんぞ!」
「何っ!?」
一斉に視線が集まる。
清十郎は刀を肩へ担ぐように構えた。
「今残っている全員でかかれば或いは望みがあるかもしれん」
そして静かに笑う。
「しかしそうでなければ、貴様ら如き某の敵ではない」
武士たちの表情が険しくなった。
だが誰も反論できない。
清十郎の足元には既に数え切れぬほどの死体が転がっていた。
「確かに只者ではないな」
「先にあの男を始末するぞ」
「囲め!」
武士たちが一斉に清十郎を取り囲む。
その瞬間だった。
「おおおおっ!」
左馬之助が背後から飛び出した。
油断していた武士を斬り伏せる。
しかし次の瞬間。
「甘い!」
別の武士が反撃した。
左馬之助は辛うじて致命傷を避ける。
だが腕を深々と斬られた。
「ぐっ!」
鮮血が飛び散る。
左馬之助は後退した。
武士の一人が笑う。
「お前の小細工は失敗に終わったようだな」
だが清十郎は首を横に振った。
「いや」
そして刀を下げる。
「そんなつもりは御座らん」
武士たちが怪訝な顔をする。
清十郎は穏やかな口調で言った。
「まとめてかかって参られい」
その言葉に武士たちは激昂した。
「舐めるな!」
「斬れ!」
十一人が一斉に襲い掛かる。
常識なら避けようのない攻撃だった。
しかし清十郎は違った。
最も近い武士へ自ら飛び込む。
間合いを潰した。
脇差を胸へ突き刺す。
引き抜く。
その勢いのまま隣の武士を斬る。
さらに身体を捻る。
三人目の刃をかわす。
すれ違いざまに腹を裂く。
囲みを抜ける頃には三人が倒れていた。
武士たちは愕然とする。
清十郎は手にしていた脇差を捨てた。
足元の死体から別の刀を拾う。
そして肩を回すように軽く刀を振った。
「さて」
武士たちの背筋が凍る。
「そろそろ本気を出そうか」
次の瞬間だった。
清十郎の姿が消えた。
いや、速すぎて見えなかった。
一人。
二人。
三人。
武士たちが次々と倒れる。
左馬之助ですら目で追えない。
気が付けば五人が地面に転がっていた。
残った三人は顔を青ざめさせる。
「化け物だ……」
「勝てるか、こんな奴に!」
「逃げろ!」
三人は背を向けた。
清十郎はため息を吐く。
「逃がしはせん」
手にしていた刀を投げた。
刀は一直線に飛ぶ。
最も遠くにいた武士の背中へ突き刺さった。
武士はそのまま前のめりに倒れる。
残る二人。
清十郎は一瞬で距離を詰めた。
一人の後頭部へ手刀を叩き込む。
武士は白目を剥いて崩れ落ちた。
その腰から刀を奪う。
最後の一人が振り返る。
だが既に遅い。
峰打ちが後頭部を打ち据えた。
武士は昏倒した。
静寂。
風だけが林を吹き抜ける。
生き残った者たちは誰も言葉を発せなかった。
やがて左馬之助が腕の傷を押さえながら近づいてくる。
「貴殿のお陰で助かった」
そして深々と頭を下げた。
「この通り、礼を言う」
清十郎は首を振る。
「これが仕事だから、礼を言う必要など御座らん」
左馬之助はしばらく清十郎を見つめた。
赤墨色の着流し。
痩せた身体。
そして腰には竹光。
どう見ても冴えない浪人だった。
しかし先ほど見た剣技は本物だった。
「貴殿、本当に竹光侍の橋本清十郎殿か?」
清十郎は平然と答える。
「左様」
左馬之助は呆れたように笑った。
「これが竹光侍の本当の力か……」