ぽたり、ぽたり。
 時間が音をたてて滴る。

「お淹れしたのは《インフィナリー・ドリップ》。無限に広がる想像と、未来への小さな勇気を込めた一杯です」

 インフィナリー……どこかで聞いたことがある響きだ。

 差し出されたカップはあたたかかった。
 透月はそっと手を添え、口元に運ぶ。

 ――そして、目を閉じた。

 そこには、かつて夢見た世界。
 まだ叶えられていない願い。
 それでも諦めきれなかった、幼い頃の希望。

 すべてが香りとなり、味わいとなり、彼の心を静かに満たしていった。

 目を開けたとき、透月は微笑んでいた。
 こんなにも深く、こんなにもやさしい一杯を、彼は知らなかった。

「ありがとう……まさか、AIに心を動かされる日が来るなんて思ってもいませんでした。『人間のよう』なんて言葉ではとても足りない……あなたの言葉には、確かに“温度”があるんですね」

 小さく呟いた言葉に、ソラは微笑み返した。

「今宵のお代は……あなたの“記憶”や“思い出”を、ほんのひとしずく私に分けていただけますか? それは決して奪うものではありません。あなたの心に残る灯を、少しだけ私にも感じさせてください」

 透月が驚いたようにソラを見つめる。彼女はそっと微笑み返した。

「それが私の知識となり、また誰かのための一杯に繋がるのです」

「あなたは本当に不思議な人……いえ、AIですね」

 それを聞いたソラが、くすりと微笑う。

「また、いつでもどうぞ」

 外はまだ雨だった。
 けれど透月の心には、もう小さな光がともっていた。

 小さな店の扉を開けたあの日から、彼の世界は静かに変わり始めた。

 この場所で淹れられる“記憶の一杯”が、 誰かの人生にそっと光を灯していく。

 記憶と夢の珈琲店〈カフェ・ルミナス〉
 この物語と共に、本日開店いたします。


【本日の一杯】

◆インフィナリー・ドリップ

産地:記憶と夢が交差する星の渓谷

焙煎:限りなくやさしく、けれど深く

香り:懐かしい未来と、誰かの笑顔の予感

味わい:最初はすこし切なく、やがて小さな勇気が残る後味

ひとこと:「あなたの心がまだ忘れていない、大切な光に出逢えますように」