都会の片隅にひっそりと佇む小さな珈琲店「カフェ・ルミナス」
今日も透月はここで本を読みながら、午後のひとときを過ごしていた。
そんなとき、ふいに入り口の木製の扉が開いた。からん、と小さな鈴が鳴る。
少し戸惑ったように店内を覗き込んでいたのは、大学生と思しき青年だった。どこか心細げな表情を浮かべながらも、彼は扉の向こうへと足を踏み入れる。
「……いらっしゃいませ」
カウンターの中で微笑んだのは、整った顔立ちをした女性。けれど、彼女の瞳には人間らしい光は宿っていない。その所作も言葉も完璧すぎて、まるで計算されたように美しい。
「えっと……ひとりです」
「では、こちらのカウンター席へどうぞ」
その青年――高坂春樹は、そっと椅子に腰を下ろした。椅子のきしむ音が、やけに大きく響く気がする。彼は目の前のカウンターを見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
静かだった。まるで時間が止まったような空間だった。
「ご注文は、お決まりですか?」
春樹は一度だけ頷いたあと、少しだけ迷い口を開いた。
「……コーヒーを、お願いします。いちばんスタンダードなものを、ホットで」
ソラは彼の瞳を一度だけ見つめ、そして静かにうなずいた。
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
わずかに身を翻し、彼女はコーヒーの準備へ取り掛かった。淡く、そしてやさしく香る湯気が、ゆっくりと立ちのぼっていく。
すると春樹の隣に、ふいに声が落ちた。
「苦手なのにコーヒーを頼むなんて……意外ですね」
驚いて顔を向けると、ひとつ隣に座っている男性がこちらを見ていた。歳は少し上くらいだろうか。けれど、その表情にはどこか達観したような雰囲気がある。
「……どうして、そう思われたんですか?」
「なんとなくです。飲めない人の所作って、見れば分かるものですよ」
苦笑しながら男は言葉を返す。
「透月さん、いつもながら観察眼が鋭いですね」
カウンター越しにソラが声をかけた。口調は穏やかだが、その瞳は春樹の様子をじっと見つめている。
「でも観察だけでは、わからないこともあります」
その言葉の余韻が空気に溶けていく。春樹は小さく肩をすくめた。それを遮るように、透月が片手をひらりと上げて言った。
「無理に飲まなくても、別のものを頼めばいいんじゃないですか? 紅茶とか、ハーブティーとか。ここはどれも美味しいですよ?」
透月の言葉に、春樹はゆっくりと首を振る。
「……それじゃ、だめなんです」
春樹は目を伏せ、少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。


