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【琉嘉】

 遡ること夏休みの二日前。

 いや、なんならもっと前から彼女、優美はおかしかった。目があってもすぐに逸らすし、手を振ってみても首を傾げてどこかに行ってしまう。近づこうとしても、まるで避けられているかのように。
 不思議、不安、嫌われたんじゃないかって思って何度も彼女に理由を聞いたが決まって「友達に呼ばれちゃって」か「ごめん、見えてなかった」と言う。

 優美が嘘つくとは思ってないし、本当に友達に呼ばれたんだと思って俺の勘違いということで片付けた。

 でもやっぱり俺の勘は正しいんじゃないかと思った。

 それは部活中だった。日が沈んできているというのに暑かった。何種類もある鍵を探している優美声をかけると敬語だった。優美は先輩かと思ったと言っていたが明らかに不自然で、俺は我慢できずに言ってしまった。

「わかんなくなってない?俺のこと、忘れてるというか…」

 俺がそう言った瞬間、優美は身体の力が抜けていったように見えた。グッと堪えていた涙がポロポロと優美の頰を流れていった。信じたくはなかったけど、もしかして本当にそうなのかもと。

 半疑が確信に変わった。

 優美はそのまま走って行ってしまって。

 俺と優美は駅伝に出るための体力づくりで一キロのコースを十周走るという過酷な練習に行けと言われた。

 だけど俺は海斗と一緒に走って優美は一人で走った。

 でも一番の問題は三周半ぐらい走ったころだっただろうか。後ろを走っていた優美が急に足を止めたかと思ったらトラックから出て行ってその場にうずくまって。

 気づいたら俺は優美の元へ駆けつけていた。いつになく焦っていた。すごく優美が苦しんでいたから。いたそうに頭を抱えていたから。
 でもその後すぐ何事もなかったように優美は立ち上がって、練習から外れた。俺を見る優美は、いつもの優美じゃなかったような気がした。初対面の人を見るような顔色を伺うような話し方。

 優美は俺のことを忘れている。

 そう思って聞こうとしたとき。優美のほうから話したいことがあると言われ、二人で話すことになったが、それは俺が思いもしなかった展開で、一ヶ月もとっくに経った今でも頭の整理が追いついていない。

 幼馴染で中学校から付き合ってた北村優美と別れた。というより、理由もなく勝手に振られたって言ったほうがいいのだろうか。

 唖然として、どうすることもできなかった。

 優美が言っていることの意味が理解できなかった。別れる?理由を聞いても答えてくれない。

 海斗と一緒に帰る途中、このことを話した。

「優美が俺のことを忘れてるんだ」
「お前何言っての?彼女の優美が彼氏のお前を忘れるって意味わかんない笑。何?さっき話してたことって」
「……別れようって言われた」
「は?嘘、だろ?マジ?」

 奥歯をグッと噛んだ。今までの優美のことをすべて海斗に伝えた。きっと俺が優美に嫌な思いをさせたんだと内気になっている俺を海斗は「違う。お前は何も悪くない」と励ましてくれた。いつぶりかに俺は泣いた。

 みっともない、恥ずかしいという気持ちと、優美の変化に気づいていたのに何もできなかったという悔しさがぶつかる。

 帰ってすぐ、母にも伝えた。驚いていたというより、優美のことを心配していた。

 もう一度優美と話してみればと言われ、いざ教室の前に行っても怖くて男のくせにビビってた。じゃあ連絡を取ってみようと思ったがトーク内に入っても文字を打っては一文字ずつ消していく。

 このまま何も話せないのか?
 このまま理由を聞かないままなのか?
 何も優美の力になれてない。
 優美に嫌な思いをさせたまま俺は…。

「クソっ…。マジで俺、何してんだよ…」

 何度も自分を殴ろうと思った。親にバレないように何度も泣いた。声も出さずに、涙の音も立てずに。何かいい方法はないのかと、俺なりに必死に探した。

 そう思っていたとき。

 ベッドに置いているスマホからピコンっと一件の通知オンがした。机で課題をしていた俺は立ち上がって急いで確認した。

 ずっと待っていた。

 本当は俺から言いたかったけど、ずっとその言葉を待っていた。

——会いたい。話したいことがある。あの場所に来てほしい

 送り主を見て俺は急いで服に着替える。服といっても私服は出すのが面倒くさかったからクローゼットの手前をあった制服を取り出して、スマホを持って家を出た。

「ちょっと琉嘉!?こんな時間からどこ行くの!?」
「優美が待ってる」

 そう言って俺は急いで、あの場所に向かった。

            ⭐︎

「優美っ…」

 本当に来てくれた。本当はずっと会いたかったよ。気持ちが抑えきれないぐらい話したかったよ。

「琉嘉…」

 私が思っていた以上に琉嘉は早くここに来てくれた。私が行ったあの場所とは私たちが初めて付き合ったときに行った近くにある高原のこと。あまり高くなくて、いろんな人が景色を見るために登っている。
 最近は夏休みシーズンでほとんど誰もいない。だからここが一番最適。

「ごめんなさいっ…自分勝手なことばっかりしちゃって。琉嘉に嫌な思いさせて、ごめんなさい…」

 一番最初に言わないといけないと思った。

 まずはごめん。私が悪いことをしたからと、琉嘉に言わなくちゃと思った。

「…俺のこと嫌いになった?」

 すごく、すごく、悲しかった。こんな琉嘉の表情、今まで見たことないぐらい。

「嫌いになんかなってない…」
「じゃなんで…あのとき…」
「今から全部、言うね。私が隠してたこと…ちょっと長いし、信じれないかもしれないけど…聞いてくれる?」
「…教えてほしい。ちゃんと聞くよ」

 真っ直ぐ見つめる目。風に吹かれる私たち。
 私は隠していたこともすべて、今から話すよ。
 もう隠したりなんかしないから。

「…私ね、病気なんだ。忘愛症候群っていう。死神にそう言われたんだ。それでね、明日かもしれないし今すぐかもしれない。いつかはわかんないけど、琉嘉のこと忘れちゃうんだ」
「……やっぱり、そうだったんだ」
「うん。隠しててごめんね」

 すごく、残念そうだった。私のごめんねに琉嘉は大丈夫と言ったけど、本当に大丈夫なのか。死神とか、聞いたこともない病名を耳にしても琉嘉は私のことを一切疑っていない。

「死神、琉嘉は信じれる?急に病気だって言われても信じれる?」
「…死神とかおとぎ話でしか聞いたことないけど、優美が言ってることだから信じれる」

 嘘偽りのない声。嘘偽りのない目。

 あぁ…本当に信じてくれてる。

「…別れてって言ったけど、本当は別れてなんて思ってない。私、まだ琉嘉のこと好きだよ」
「……よかったぁ〜。俺、なんか優美に悪いことして嫌われたかと思った…」

 ほっと安心したかのように胸を撫で下ろす君に、私の心はチクリと痛んだ。

 本当にこんなことしてごめん。
 自分勝手でごめん。
 傷つけちゃってごめん。
 黙っててごめん。

 ごめん、ごめん。心の中で何度も謝った。

「琉嘉」
「何?」
「私、琉嘉こと忘れちゃうけど、もう一回私のこと好きになってくれる?」

 聞くのに躊躇いはあった。酷いことしてこんなこと聞くなんて許されないと思った。けど

「俺はずっと好きだよ。優美が俺のことを忘れたって関係ない」

 そう言ってくれた。嬉しいのに、なんだか悲しかった。その言葉を聞いて、余計に涙が出そうになった。

 好きって言ってくれるのは嬉しい。
 琉嘉は私のこと、全く怒らなかった。多分、嫌いにもなってない。あんなに酷いことをしたというのに。私に向ける笑みはいつもよりももっと優しく感じた。

 だからこそ、怖い。忘れたくない。この病気は治らない。私は絶対琉嘉を忘れてしまう。私に笑顔を見せてくれる、その顔も、声も。全部忘れちゃうなんて。

 やっぱり嫌だ。

「…なんであのとき別れようって言ったの?」
「…私が琉嘉を忘れちゃったら、琉嘉のことを傷つけるって思っちゃったんだ。自分勝手な妄想だけど、でもまぁ結局、その後ずっと凹んでたのは私のほうだけどね」
「…優美なりに考えてくれたってことでしょ?それも優美の優しさなんじゃない」

 ほらまたそう言う。またそうやって私に優しくする。
 なんでこんなに優しい人なんだろう。
 どうしてまったく怒らないんだろう。
 嫌な顔一つ見せずに優しく接してくれるのはなぜ?

「傷ついたりなんかしない。俺はこれからもずっと、優美のことが好きだから」
「……琉嘉は優しいから、私のこと好きって言ってくれるけど。これからも私のこと好きって言ってくれるのは嬉しいよ。でもその好きの対象は私だけど私じゃない。記憶が全部なくなれば、琉嘉が誕生日にくれたものも何これってなる。琉嘉が他人認識になる。一緒に作った思い出も、全部忘れちゃう。私はなんともないけど、記憶がなくならない琉嘉は傷ついちゃうかもしれない。これからも私の近くにいれば、琉嘉に、辛い思いをさせるかもしれない。それでも琉嘉は、私のことを好きって言える…?愛してるって言ってくれる…?」

 琉嘉を見ているはずの目が、目の前が霞んで、泣いてるんだってことに気づいた。最後のほうは声が震えて、ちゃんと言えなかった。

 琉嘉の大好き、愛してるは私じゃない。前の私。

「優美はずっと優美だよ」
「えっ…?」
「どれだけ傷ついても辛くても俺は優美のことを好きって言うし、俺のことを忘れてもこの愛がなかったことになっても。もう一度優美が俺のことを見てもらえるように頑張ればらから、泣かないで?優美の泣いてるとこ、見たくないよ」

 言葉が出てこなかった。
 私は私?
 もう一度頑張る?
 自分を苦しめてまで、私を愛してるって言ってくれるの?

 大好き、大好き。やっぱり大好き。

 忘れてもいいや。そりゃ忘れないでいいなら忘れたくないけど。

「…ありがとうっ…大好き。優しすぎるんだよ〜。バカ、ほんとバカ。私は琉嘉ことが大好き。だから忘れちゃうのは悲しいし嫌だけど、琉嘉がそばにいてくれるなら私はいいや笑。無理して私のこと好きでいてくれなくてもいいからね?」
「無理なんかしてないよ。俺の本当の気持ちだし」
「新しい、いい彼女さん見つけてもいいんだよ?」
「優美以外の彼女なんていらないよ。俺は優美がいいんだもん。他はいらない」
「……お人好し。でもそう言うところも好きだよ〜…」
「はいはい笑。泣かない泣かない。赤ちゃんじゃないんだから。言ってくれてありがとね。ずっと気分が楽になったよ。夏休み、もうすぐで終わるけど思い出作りしよ。今からでも遅くないよ」

 赤子をあやすように私の体を包み込んだ。そっと頭を撫でる手に安心した。吹く風に乗って、私の涙も飛んでいく。

 私ももう、気分がいい。もっと早く言えばよかったって思う。

「うわっ、お母さんから通知来てる。そうだ、私何も言わないで飛び出たんだ」
「俺はちゃんと言ったよ。もっと一緒いたい。本当はもっと話たいけど今日は帰ろっか。明日また話そう」

 夕日に照らされる君はいつも以上に輝いていた。風に靡く髪も、目も、その声も。

 差し伸べるその手を私はぎゅっと掴んだ。

「うんっ!」
「家まで送るよ。それまで話そ」
「うんっ、あのね、私ね————」

            ⭐︎

「二日連続でここ?今日もまた何か言いに来たのかな」

 琉嘉と和解したその日(お母さんとも元通りになりました)。夜、久しぶりの連絡をして。色々と話した。やりたいことリストや話したかったこと。
 とにかくお互い話したくてたまらなくて

「おい、あいつに言ったのか」
「もしかしてまた隠れてたの?かくれんぼ好きなら私も一緒に」
「黙れ。今日は隠れてない。今来たばっかりだ。で?あいつに行ったのかと聞いているのだ」

 口癖が“黙れ”なのどうにかしてくれないなぁとやれやれとため息をついた。

「ちゃんと言ったよ。謝って、自分の思いも伝えて、ついさっきまで電話してたよ。言うきっかけを作ってくれてありがとう」
「人間の恋愛って気持ち悪いな。ずっと見てたが吐き気がしそうだった。正直に言うと気色が悪い」
「最低、最悪、超意地悪。本当は嫉妬してるんじゃないのぉ?」

 ずっと見てたって、保護者じゃん…。私たちの恋愛に興味あるのかなと思ったが全然そんなことなさそうだった。死神って嫉妬とかしないのかな。いやてか、なんで見てんの。

「おまえに言いたいことがあって来たんだが、そんなこと言うなら帰ろう。死神も忙しんだ」

 言いたいこと?私に?大事なことなのかな、これは聞かざるおえない。しっかりちゃっかり頭を下げる。

「悪かったです。ごめんなさい。冗談、冗談です」
「ふーん…そんなに気になるか?聞き出すのに必死だな」
「…だってそっちから言いたいことがあるなんて今までなかったじゃん。だから大事なことかなって思って…」
「………5月7日、日が暮れる前だ」
「えっ?」

 聞き間違いかと思った。聞き返したが死神は何も言わない。でもさっき、死神は確かに5月7日と言った。5月7日って私の誕生日…。

 大事なことって何?言いたいことって何?私の誕生日がどうしたの?日が暮れる前って?

「それがおまえのタイムリミットだ」

“タイムリミット”とという言葉に心臓がドクンと跳ね上がった。嘘、嘘でしょ。私の誕生日に、そんな…。

「どう言う意味か、わかるよな」
「……私が琉嘉を忘れる日にち、だよね?」

 死神は言葉を発することなくコクリとだけ頷いた。

「今日って八月十五日?じゃああと八ヶ月とちょっと」
「…なんだ?おまえ、怖くないのか?いつもだったらグズグス泣いてるじゃないか」

 ちょっとは大人になったかと意味のわからない苦笑いをされた。

「もうなんか、怖くなくなったの。…いや嘘ついた。まだ怖いよ。怖いけど、琉嘉がいるから」
「あいつがいてどうなる。あまり変わらないだろう」
「それがね、不思議と変わったんだよねぇ。私も自分でびっくりしてる。……琉嘉、これからも私のこと好きでいてくれるんだって。私のそばにいてくれるんだって。そう言ってくれてすごく嬉しかった。だからもう怖くないのかも。愛の力ってすごいね笑」
「…あっそ。へぇーあの男、そんなこと言ったのか」
「かっこいいでしょ?私の彼氏」
「よかったな」
「うんっえっ?今なんて!?」
「俺は一回しか言わない主義なんでな。ちゃんと聞いてないおまえが悪い。学校でもそんな感じなのか?評価が悪いのが目に見える」

 いつもはちょっと目障りで、本人の前では言えないけどウザくてめんどくさくて、苦手だけど。

 死神から私に質問することはほとんどなかったけど、私から死神へ。たくさん話した。長い時間話をして、気づけば朝になっていた。

            ⭐︎

「優美ー!今日、出かけるんでしょー!?準備しなくていいのー!?」

 母に大声で呼ばれ目が覚めた。出かける…?私そんな約束誰ともしてないよ。

 そう言い返そうとしたとき、重ねて母が「もう来てるから急ぎなさーい!」と言った。誰が来てるんだろうと思いつつ、なんとなくで支度を済ませる。

 出かけるってどこに?誰と?

「私、いつそんな約束したかなぁ」

 母が作っておいたこぶし大のおにぎりをちゃちゃっと口に入れる。私…なんでこんなに急いでるんだろう。誰と約束したかもわからない約束のために。

 でも四日前からずっと、ずーっと心がそわそわして落ち着かなかった。なんでだろう。

——ピーンポーン

 チャイムがなった。インターホンを確認した母の顔がパァッと明るくなる。

「来たよ、琉嘉くん」
「琉嘉くん?誰それ?」
「まあまあいいから。ほら、いってらっしゃい。楽しんでね」

 そう言って母は私の背中を押して玄関の前まで連れて行った。楽しんでねって言われてもこれからどこいくかわからないのに。

「ちょっと優美待ってて。琉嘉くん待たせてごめんなさいね。ちょっといいかしら」

 スリッパを履いて琉嘉?と言う男の人のほうに行く。内緒話をしているようだ。ちょっと気になる…。

「…わかりました」
「ごめんなさいね。優美いいよ。いってらっしゃい」
「いや、ちょっと待って。この人は誰なの?」
「この人は悪い人じゃないから大丈夫。優美の一番大切な人だから」

 私の一番大切な人?

 首を傾げる私の手を男の子は引いた。パタンと扉を閉められ、私と琉嘉という人のお出かけが始まった。誰かはわかんないけど、懐かしい。この手、私知ってる。

「名前、なんですか?」
「ん?俺?」
「俺以外誰がいるんですか笑。おもしろい人ですね。“私、おもしろい人好きですよ”」
「……倉橋琉嘉です」
「へぇ、琉嘉。“いい名前ですね”。じゃあ私、これから琉嘉くんって呼びます!」

 琉嘉くんかぁ。指の上で何度もなぞった。すごく、いい名前だ。こう…キラキラしてる。

「君の名前は?まだ聞いてなかったような気がする」
「北村優美です。よくゆうみって間違えられるんですけど。ゆう、いいですか?」
「知ってるよ」
「えっ!?私のこと知ってるんですか?じゃあなんで聞いたんですか?」
「気にしないで」

 そう言って琉嘉くんはにっと笑った。気にしないでってどういう意味なんだろう。まぁいっか。

「私とはどういう関係なんですか?学校の友達とか?それとも中学校が一緒だった人とかですか?私は琉嘉くんと初めて会う気がします」
「んーとね…また今度教えるよ」

 やっぱり彼は私のことを知っているのだろう。このふんわりと、柔らかい微笑み。知っている。見たことがある。

「今からどこいくんですか?」

 そういえば聞いていなかったなと思い聞いてみた。まだ敬語じゃないと話しにくいかな。

「水族館だよ。水族館好き?」
「………うん、好き」
「そっか、ならよかった。楽しみだね」
「私のやりたいことリストに書いてたから連れて行ってくれるの?やっぱり琉嘉は優しいね」
「俺のこと思い出した?」
「うん。なんか、いつもより思い出すのに時間がかかっちゃった。ごめんね、変な感じだったでしょ?」
「全然大丈夫。それにしても急だね。びっくり笑」

 グッドマークをする琉嘉。琉嘉が大丈夫って言ったらいつもだったら悲しくなるけど、もう私は何も怖くないよ。

 だって琉嘉がいるから。私には琉嘉っていう最高で完璧な彼氏がいるんだもん。

「そうだ。こんな楽しいときに言うもんじゃないけど早めに言っとくね」
「何を?」
「私のタイムリミット。5月7日の日が暮れる前なんだって」
「…優美の誕生日…」
「そう、私の誕生日。まったく、死神の意地悪。よりによって私の誕生日…。でもいいの!」

 あと残りの時間を、二人で楽しめるなら。

 そう思って、私は思い切って、自分から手を繋いだ。

            ⭐︎

 ガタンゴトンと時折大きく揺れる電車。

 水族館からの帰り道、行きはほぼ満員だった電車は帰りはすっからかんでこの車両には私と琉嘉しかいない。

「今日はありがと!久しぶりの水族館楽しかったよ〜!小学校の修学旅行以来かなぁ」
「そうだね。こっちこそ楽しませてくれてありがとう」
「このイルカのお揃いのキーホルダー!すごい可愛い!また琉嘉とのお揃いが増えたね!」
「優美が喜んでるならよかった。お揃いのキーホルダー俺も嬉しいよ」

 ついさっきまで値札がついていたイルカのキーホルダーが気づけばお互い、カバンにぶら下がっていた。
 久しぶりのお揃い、嬉しいな。

「また二人でどっか行きたい。近場でもいいから」
「もっと思い出作りたいね」
「うんっ」

 私のテンションは有頂天。最高に楽しかった。
 クラゲの展示も、イルカショーも。ちょっとだけ濡れたけど全然気にならない。いろんな綺麗な魚を二人で見た。全部全部、特別感があった。

「誰もいないし誰も聞いてないから思い出話しようよ」
「あっいいね!そうしよ!じゃあじゃんけんで負けたほうからね」

 最初はグーじゃんけんポンと二人の声が重なる。あいこが続いてなかなか決着がつかなかったので、指スマで負けた琉嘉から話すことにした。

「ほんの少しだけ長いけどいい?結構前のことだけど」
「琉嘉の話ならずっと聞けるよ」
「いっぱいあるけどこの二つかな…」

 そう言って琉嘉は二つの思い出を話し始めた。

            ⭐︎

 俺たちが小学六年生のときだ。卒業生だけの恒例行事である、全員出し物。六年生だけが学期の終了にごとやらないといけない。やりたい人がやるのではなく、全員やらないといけない。
 そもそも最初はそんなのがあることすら知らなかった。一ヶ月前ぐらいに言われたみたいな感じだ(他の人はこのことを知っていてたらしい)。

 みんなは張り切っていた。女子はグループを作ってKPOPのダンスを踊ったり歌を披露したり。男子はお笑いや大喜利など、みんなそれぞれパフォーマンスをする。

 陰キャで根暗。人前に立つことが大の苦手で大っ嫌いだった俺には地獄でしかなくて。どうしようか、その日だけ休もうか、そんなことを考えていたけど

「出し物ってなんでもいんでしょ?じゃあギターやればいいじゃん!絶対かっこいい!」

 一緒に帰っていた優美がそう言った。俺はちっちゃい頃から楽器が好きでピアノとかギターとか、色々買ってもらっている。特にエレキギターが大好きで、どんな曲でも楽譜を見ればなんとなく弾ける。よく優美には見せていたけど…

「ぜっったいむり」

 相談した相手を間違ったなと思ったが今思えば優美に相談しておいてよかったと思う。

「いやいや!私に見せてくれてるんだからできるよ!」
「優美は幼馴染だから見せれるんだよ。他の人は無理だよ。だって六年生全員と先生でしょ?絶対緊張してできないよ」
「琉嘉ならできる!頑張って、応援してる!」

 応援してるってまだやるとも決めてないんですけど。
 根暗なくせにわがままで、人に見せて褒めてもらいたいと思ったことはある。俺にできるか?こんな俺に。

「無理だよ絶対。恥ずかしくて弾けなくて、笑われるだけだよ」

 俺がそう言うと優美は俯いた。ようやくわかってくれたかなと思ったけど、よく見てみると考えていた。

「恥ずかしいとか関係ないよ。ありのままの琉嘉、琉嘉にしかない才能。隠すなんて勿体無いよ。私に見せてくれてるときみたいに心から思いっきり笑ってる琉嘉をみんなにも見せたい。私も見たい」

 真剣な顔でそう言ってくれたよね。俺の背中を押してくれたよね。

 今でも覚えてる。一言一句、頭の中に残っている。

 その瞬間、緊張ではない動揺をしたのも覚えてる。
 トクンと、跳ね上がり身体中が熱くなっていく感覚。

 俺はそのときから優美のことが好きになったんだ。

「ギターねぇ…ソロで?」
「それは琉嘉の自由だよ!一人でやりたいなら一人でやればいいし、誰かと一緒にやりたいなら誘えばいいじゃん!誘うの緊張するなら私も一緒について行くよ!」

 ずっと優美は前向きだった。優美は俺がエレキギターを弾くという選択肢以外選ばせてくれなかった。なんでこんなに勧めるんだろう。いい意味でどうして人のことまでいえるんだろう。

「わかった。俺、ギターやるよ」
「本当に!?やったー!」

 自分のことじゃないのにものすごく嬉しそうにする優美の姿を見て、やるって言ってよかったと心の底から思った。

 結局本番当日まで完璧にできるように練習して、なんの曲をカバーするのか、音の調節だとか音色の響かせ方とか俺らしくなかった。でもやっぱり今でも思うよ。

            ⭐︎

「ありがとうってね」
「どういたしましてって言うほどのことしたわけじゃないけど、それ懐かしい〜!あのときめっちゃかっこよかった!スマホ持って行って動画撮りたかったもん!」

 思い出話の一つ目が終わった。

「そんなに?でも嬉しい。本当だったら休むはずだったんだよ」

 事実を打ち明けられ、私は声も出ないくらいに驚いた。やっぱり勧めておいてよかったと思う。

「他の子たちも大盛り上がりだったよね。先生たちもびっくりしてたし、盛り上がりすぎて体育館が暑かったもん笑。その後の琉嘉の人気ぶりがすごかったよね。スーパースターみたいだった!」

「スーパースターは大袈裟すぎ笑」とでもちょっと嬉しそうに笑う。
 最初はみんな琉嘉が出てきたとき、くすくすとバカにしたように笑っていた。でも私はなんとも思わなかった。だって体育館中に響く琉嘉が奏でるエレキギター音色にみんな魅了されるってわかってたから(案の定、私の予想通りでした)。あんな笑顔で楽しそうに演奏する琉嘉を見て私が幸せな気分になった。

「もう一個は?まだ言ってないよね?」

 そういえばと思い琉嘉の肩を揺さぶる。

「もう一個?あぁ、俺二つあるって言ったもんね。もう一個はね、優美が俺の名前をいい名前って言ってくれただよ」
「私が琉嘉の名前を……あぁ!小学校二、三年だったっけ?」
「そうそう、二年のときだよ。たまたま同学年に同じ名前の女の子がいて。琉嘉って名前が女の子っぽいっていじめられたんだよね。まあまあショックだったよ。女子は少食だからって給食をわざと少なく入れられるし、なんで女の子の服着ないのとかからかわれるし」
「そんなことあったの!?気づけなくてごめん…」
「優美が気にすることじゃないよ。クラスも違ったんだし。それでさ、結構ダメージ大きくて親になんでこんな名前にしたのってブチギレたんだよ笑」
「うん…」
「まぁ親とは大ケンカ。三日話聞いてくれなかった。でもね優美だけは違った。なんて言ったか覚えてる?」
「確か…いい名前だねって言ったような気がする」
「正解。いい名前って言ってくれて嬉しかった。名前の由来まで聞いてきて幼馴染なのに変な子だなぁ思った。けどずっーと目キラキラさせて褒めてくれて…」
「なんで泣いてんの!?大丈夫!?」
「いや、思い出したら嬉しくて。嬉し涙だよ」

 ポロポロと静かに流れていく涙が、夕日に照らされてなんとも綺麗だった。
 私はずっと琉嘉に迷惑ばっかりかけてるって思ってたけど、本当はそんなことなかったんだ。私が知らない間に琉嘉を助けてたんだね。私こそ、ずっと助けられてばっかりだけど。

「琉嘉っ!」
「ん?」
「ありがとっ!」
「なんのありがとうかわかんないけど…どういたしまして」

 広い車両に二人だけ、静穏な会話が私たちを包み込んだ。

            ⭐︎

【琉嘉】

「五月ってあったかいよな」
「私五月が一番好きかなぁ。あったかいし、よく眠れるし、自分の誕生日があるもん!」
「ハッピーバースデー。お誕生日おめでとう」
「ありがと〜!今日で私、十八歳だよ〜!早いなぁ〜つい最近まで小学生だったのにね。もう大人の仲間入りだよ?やばいねぇー!」

 部活終わり、ぴょんぴょんと跳ねる君はまるで病気を完治したかのように気分がよさそうだった。

 5月7日。優美の誕生日でもあり、タイムリミットでもある日。それまでゆっくりと進んでいた歯車が、急に動き出したようにこの日がやってくるのは早かった。

 優美が作ったやりたいことリストに書かれていたことは全部やった。この日が来るまでたくさんの思い出を作ったね。

 一緒にバッティングセンターに行った。
 隣り町の花火大会に行った。浴衣姿が似合ってたよ。
 お揃いの服とか、キーホルダーとかも買った。
 お泊まりもしたね。本当は彩葉と咲とするはずだった手作りピザを作ったり、お菓子を食べながら人生ゲームやカードゲームをしたり。夜のコンビニでまたお菓子を買って夜中にホラー映画を見てどっちもビビって。
 ピクニックをした。お互い手作り弁当を作って交換したね。すごくおいしかったよ。
 一緒に文化祭を回った。
 クリスマスにプレゼント交換をした。
 勉強会をして、どっちがテストでいい点数を取れるか勝負した。いつも通り、優美が勝ったけど楽しかった。

 他にも数えきれないぐらいいろんなところに行って、いろんなもの見て、食べて、思い出を作って。

「琉嘉を忘れる前の最後のお願いしてもいい?」
「別に最後じゃなくてもいいよ。お誕生日ガールの願いは何かな?」
「私、あの場所で二人で話したいな」

 部活用のシューズ入れにつけられたイルカのキーホルダーを見つめながら、彼女はそう言った。
 俺は少し戸惑った。別に嫌というわけじゃない。

「嫌かな…?」
「その…俺は優美と話したい。でも今日は誕生日じゃん。お母さんが美味しい料理とケーキとプレゼントを用意してるんだって、楽しみにしてたから…俺と一緒でいいのかなぁって思って」

 目を少し見開いたあと、右手を口にそえてクスクスと笑った。

「誕生日のお祝いも楽しみだけど、私は琉嘉と一緒にいたいの。だからお願い」
「優美がそれでいいなら俺は喜んで」

「やったー!」とバンザイをする君に俺の頰は自然と緩んでいく。

 緑が生い茂る新緑が目に眩しく、心地よい風が俺たちの間を吹き抜けた。春の爽やかさも色濃く残りつつ、夏を肌で感じる。

 春と夏が俺たちを見守る中、十分ぐらい歩いたところであの場所に着いた。優美が俺を引っ張りながら走り出した。もう一歩、前に行ったら落ちてしまうところで遠くを見つめてグッと背伸びをし、その場にちょこんと座る。

「琉嘉もおいでよ……ほら日が暮れる前、あと三十分もないから。最後にもう少しだけ話したいな」
「何を話したい?」

 考えて、考えて、すごく悩んでいた。

「私のことを好きになってくれてありがとう。笑顔が可愛いって言ってくれてありがとう。ムキになるし、何回も琉嘉に酷いことしたけど許してくれてありがとう。私に優しくしてくれてありがとう。もう私泣かないから。琉嘉がいるから怖くないよ」
「こちらこそ、俺のことを好きになってくれてありがとう。俺はずっと、これからも優美のそばにいるから。大丈夫」
「……うんっ、ありがとう」

 泣かないよって言ったくせに、もう泣いてるじゃん。
 嘘つき、強がり。でもいいよ、泣きたいなら泣けばいい。優美が最後まで俺と一緒にいたいと言ってくれたから、俺は全然気にしないよ。

「そう言えば琉嘉から誕生日プレゼント貰ってない…。楽しみにしてたのに」
「本当は忘れる前に渡したかったんだけど、プレゼントは優美のお母さんに預けてるよ」
「えっ!?いつ私に預けに来たの!?」
「昨日。優美が咲たちと遊びに行っている間に…」

「えぇ知らなかった〜プレゼント楽しみ!」とひまわりのようなパッと明るい笑顔を見せた。

 優美が時間を確認する。さっきまでの笑みが悲しみに変わる。もうすぐなんだと表情から悟った。

「あと二十分ぐらいかな…」
「そっか…。あと二十分で優美は俺のことを忘れるんだね。でも思い出、めっちゃ作れてよかった」
「私も!いろいろ迷惑ばっかりで大変だっただろうけど楽しかった!ありがとっ!」

 迷惑なんかじゃない。いつも出かけるたび、最初は俺のことがわからなくて途中で思い出すの繰り返し。でも全然、大変じゃなかった。

「こんなときに話すことじゃないけどさ、別れてって言われたときどう思った?」
「…ドッキリ、かなぁとか。でも全然そんな感じじゃなかったし、マジってわかったときは相当凹んだよ。自分のせいだって、気づいてない間に悪いことしたのかなって。謝ろうと思っても夏休み入っちゃったし、連絡しようと思っても怖くて…自分がビビリってことがわかったよ」
「違うっ!琉嘉はビビリなんかじゃない。私が臆病者なんだよ」
「違うよ。俺のほうが」
「いやいや、違う。私のほう」
「いや俺だって」
「どっちでもいいよっ!笑」

 変なところで言い争って急なツッコミに二人で腹を抱えて笑った。

「……優美」
「何〜?」
「俺のこと、まだ好き?」
「好きだよ!大好き!当たり前じゃん!何言ってるの笑」
「そっか——」
「えっ」

 だんだんと彼女の頰や耳が赤く染まっていく。驚いて置き物のように固まっている。そういう自分も、体が熱くなっていくのがわかる。
 まっすぐ好きと言ってくれた君に俺は口を落とした。

 最後になるかもしれない。だから思い切ってしたけど。

「…恥ずかしっ」
「何照れてんのよぉ!キスされたの私なんですけど!私のほうが照れるし!」
「誕生日プレゼント…的な?笑」

「最高!笑。一生の宝物にする!」とこれまでずっと見てきた君よりも素敵な笑顔を俺にくれた。

 やっぱり愛してる。ずっと愛してる。

 そう言おうと思ったとき。

「うっ…頭…痛いっ」
「優美…」

 これを目の前で見るのは二回目だ。どうにかしてあげたい。でもどうすることもできない。ずっと痛みに苦しむ優美を俺はギュッと抱きしめる。
 制服が彼女の涙で濡れる。

「……琉嘉っ………ありがとう」

 そのあと数秒、頭を抱えながら苦しむ声をあげなくなってから俺は彼女をゆっくりと離した。
 その場に座り込んで、あたりをゆっくり見回したあと俺の目をじっと見つめる。

 その見つめる目は優美だけど、優美じゃなかった。

 異国の世界から迷い込んでやってきた少女のよう。

「…えっと…誰、ですか?」

 少しだけ、心がチクリと痛むのがわかった。針で刺されたように、少しだけ。優美の前では大丈夫って強がったけど、やっぱり悲しいよ。

「日が暮れる、家族が心配するだろうからとりあえず下におりようか」

 溢れてきそうなものをグッと堪えて、彼女の手を引っ張って走る。彼女は動揺しているようだったけど、彼女は俺の手をギュッと握り返してくれた。

 住宅地付近まで走ってきたところで彼女が足を止めた。しまった、彼女のこと気にせず走ってしまった。

「ごっごめん。疲れたよね、あんなに走らされて」
「大丈夫です。それよりあなたのお名前、まだ聞いてませんでしたね。私は北村優美です。“よくゆうみって言われますけど、ゆうです”」
「優美ね」

 知ってるよ。ずっと前から。だって幼馴染だから。

 君の前では言えないけど。

「俺は倉橋琉嘉。呼び方はなんでもいいよ」
「へぇ琉嘉。“いい名前ですね”」
「えっ今なんて!?」
「えっ…いい名前って…その、嫌でしたか?だっ大丈夫ですか!?」

 ポロポロと溢れる涙。心配する優美。

 いい名前ですね。

 忘れる前も、そう言ってくれたよね。あのときと同じで、まったく同じだった。どうして、どうして…覚えてたのか?それともたまたまか?

「ありがとう…嬉しいよ」
「なんかよくわからないけど、どういたしまして!」

 首を傾げて不思議そうな顔をしたけど、にっと笑って俺を慰めてくれた。背中を優しく撫でてくれた。

 5月7日、この愛にさよならを。

            ⭐︎

 優美が俺のことを忘れてから約一ヶ月が経った。咲と彩葉にはあらかじめ伝えておいたので、少し残念そうにしながらもいつも通り優美と接した。優美もいつも通りの優美だった。
 他の生徒は不思議そうな顔をしていたがそこまで気にした様子は見られなかった。

 俺も普通に優美に接したし、このことを知っている咲と彩葉、海斗と昼食を取ったり遊びに行ったり。前よりももっと一緒に行動することが増えたような気がする。

 最初は緊張しているようだったけど今ではほんと、前のように話せている。何より優美から俺に話しかけてくれるのがすごく嬉しかった。

「ちょっと倉橋っ!どこ見てんのよ!?私の言ったこと聞いてる!?」
「…ごめん聞いてなかった」
「もぉー。一回で聞いてよね。まぁ正直に答えてくれたから許すけど…。優美の誕生日に何あげたのって聞いてんの!」

 誕生日に…俺は。

 キス、をした。

「ちょっと!?顔赤くなってるけど何やったのよ!?」
「俺も気になる!笑。教えろよ琉嘉〜恥ずかしがるなってぇ」
「琉嘉くんそんなに恥ずかしがらないでも笑。だってきれいなお花だったじゃん」

「花ぁ!?」っと先と彩葉と海斗が声を揃えて俺を見た。驚きすぎて目が飛び出てきそうだ。そんなに驚かなくてもと俺は三人の姿がおもしろくて笑いが出てしまった。

「花ってなんの花よ。まさか百本のバラなんかじゃないでしょね」
「な訳あるかっ!?やっぱり咲ってバカだよな」
「何!?バカじゃないし!」
「琉嘉くん最低〜。女子にバカって言った〜」
「まあまあ二人とも笑落ち着いて。咲ったら、間に受けないの!琉嘉くんね、スターチスの花束をくれたんだ!」
「スターチスの花束?」
「そう、スターチス。えぇっとね、花言葉調べたんだけど…なんだったっけ…えーっと」
「…変わらぬ心。永遠の愛」
「そうそうそれ!いい花言葉だね」

 ふふっと笑うけど、本当は恥ずかしかった。愛の言葉を贈るのはすごく、勇気がいるなと思う。

「ちょっと倉橋、こっち来なさい。優美はそこで待っててね!」

 そう咲に腕をグッと引っ張られる、人気の少ないところまで連れて行かれた。ていうかなんで彩葉と海斗までいるんだよ。

「ちょっと!?そんなの聞いてないよ!」
「聞いてないよって言われても誰にも言ってないんだから知らないで当然だろ」
「花束って、花言葉が永遠の愛って…あんた」
「優美ちゃんのことどんだけ好きなの?笑。それともたまたま?」
「こいつのことだからたまたまだろ」

 海斗のたまたまに少しムキになって俺は話し始めた。

「たまたまなんかじゃないよ。ちゃんと調べたし。優美の誕生花、スターチスなんだ。意味的にも…ピッタリだったし」
「いい男〜!案外ロマンチックなとかあんじゃん!?」
「見直したわ〜笑」

 見直すってなんだよと海斗に一発鋭い一撃を与えた。

「そりゃ優美ちゃんがまた好きになったわけだ〜!」
「なんか初恋の女の子みたいでさぁ」
「おい、彩葉…今なんて?」
「あれ?琉嘉に言ってなかったっけ?」

 咲と彩葉、海斗、三人ともが首を傾げた。そのあと「よかったね!」と言わんばかりに彩葉がはしゃぎ始める。海斗も俺の肩に腕を回してニヤニヤしてるし。

 俺に言ってないって何を?
 優美と他のみんなは知ってるのか?

「実はね…優美ちゃんには内緒だよ?絶対に秘密にするって約束できる?琉嘉くんは約束守れる?」

 内緒、絶対、秘密、約束、守る

 優美には絶対バレてはいけない極秘ミッションのようで緊張が走った。ドクンドクンと心拍数が上がっていく。

「来週、体育祭あるじゃん?」
「あるけど…それと優美と俺?になんの関係が…」

 体育祭はいたって普通の体育祭。リレーとか障害物競走とか借り物競走。他の学校にあるかはわからないけど特別すごいわけじゃない。普通に楽しいし盛り上がるし思い出になる大事な行事だけど。

「優美ちゃん、琉嘉くんに告白するんだって!」
「は?へ?待って待って」

 待って…どういう、こと?

「えっ?どういうこと?」
「倉橋、あんたバカになっちゃった?」
「そのままの意味だろ笑。意味わかってなくて草。あっもしかしてテンパってる?」

 咲と海斗が俺の肩をつんつん叩く。「照れんなよ〜」という海斗と、後ろにでニヤニヤする彩葉。「おめでと〜!」と訳のわからない祝福をする咲。

「優美が体育祭で…俺に、告、白?でもなんで…」
「優美ちゃんね、琉嘉くんのこと好きなんだって。あの日からずっと琉嘉くんのこと懐かしい人とか、自分が一番知ってるはずの人とか。大切な人だった気がするとか言ってるんだよ。知らなかったでしょ?」

 懐かしい人。
 自分が知ってるはずの人。
 大切な人。

 全然、そんなの知らなかった。

 絶対に優美は俺のことを思い出せないけど、でもでも…

「優美ちゃんの心の中には琉嘉くんがまだあるんじゃないかな。優しくて、おもしろくて、大好きって言ってたよ。あっその大好きって恋愛のほうのね」

 優美の心の中に、俺がいる。

 忘れてしまったけど、心では覚えてくれてるのかな。

「そうだったらいいな…」
「倉橋、よかったね」
「おまえ告白されたらどうすんの?」
「オッケーするに決まってるだろ」
「優美ちゃんに両想いだよって教えてあげたい〜!」
「秘密にしろって言ったの彩葉なのに自分が約束破ろうとしてどうすんのよ!」

 咲のツッコミに俺は声を出して笑った。

「みんなっ!もぉーどこ行ってたの!?来るのが遅かったから心配して探し回ったよって琉嘉くんが泣いてる!?みんなが泣かしたの!?」
「「「「違うよ!」」」」

 四人の声が重なった。優美がグッと背伸びをして俺の目をハンカチで拭った。それでも俺の目は嬉し涙でいっぱいで、優美に余計に心配をかけてしまったけど。

 両想い、か…。

 5月7日、俺たちの愛は終わった。

 俺は、優美にもう一度見てもらうために頑張れていたのかな。これはその成果なのかな。

 でもどっち、俺は待ってるから。

 俺ももう一度、君に好きって伝えるから。

 君が何度、俺のことを忘れたって。

 君に好きって伝えるから。