「どうも~、清音亭福々と申します。本日はおあつまりいただきありがとうございます!このお話しにはお饅頭がでてくるんですけど、おまんじゅうと言えば……」

 福々が喋り出す。少し喋った所で、パッと噺が切り替わるのがわかった。

 (ん……?)


 「人間誰でも怖いものってぇものがあるんだ。それは何故かってえと、生まれたときに胞衣《えな》を埋めるだろう。その埋めた場所の上を最初に横切ったものがあると、それが そいつの怖いものになるんだよ」

 福々は役に入っていて、もう噺が始まっている。

 (落語って、こんな風にも始まるんだ)

 感心して、十二は舞台を見つめた。福々は右を見たり左を見たりしながら、会話を進めている。

 「何だいそのエナってのは?」
 「お前が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒よ。それで、八ちゃんは何が怖えぇ?」
 「おらあ毛虫がこえぇ」
 「そらぁ、お前ぇの胞衣を埋めた上を最初に毛虫が横切ったんだよ。半ちゃんは何が怖えぇ?」

 男達が集まって何が怖いか話し合っている。
 でもそこにいた森と言う人だけは、煙管を大きく掲げて怖いものなどないと言う。

 「怖いもの? そんなものはこの俺様には無ぇ! 人間はなぁ、万物の霊長ってぇくれぇのものだ。動物の中で一番偉ぇんだ。その人間様に怖いものがあってたまるかい。俺には怖いものも嫌いなものも断じて無ぇ」
 「しゃくにさわる野郎だね!嫌いなものが一つもないなんてよぉ。蛇なんぞどうだ?」
 「蛇? 蛇なんか怖くねえ!蛇はなあ、頭がいてえ時、巻いて寝ちまうんだ」
 「トカゲや、アリなんかは?」
 「怖くねえなあ!三杯酢にして食ってやらあ。アリなんかは赤飯のゴマだな」
 「ゴマが動いてたら食いにくいねえ!本当にしゃくにさわる奴だな!じゃ、虫じゃなくていいや。何か他に怖いもんねえのかよ!」
 「……そりゃあ……うーん……」
 「なんだい?」
 「そこまで聞かれたら答えるしかねえ!俺ぁ饅頭が怖えのよ!」
 「なに?饅頭?」

 森は、饅頭が一番怖いと言う。思い出したら寒気がすると言うので、みんなは布団を持って来させて次の間へ寝かせた。
 みんなは顔をそろえて、森に饅頭を買ってきてびっくりさせようと考える。

 「ほんとにそんなことしてあの野郎死んじまったらどうするね?」
 「かまうもんか、あの野郎さっきからしゃくにさわってムカムカしてんだ。殺したのは饅頭であって俺たちじゃねえ、饅頭で殺したから暗殺って……ふっふっふっ……」

 十饅頭にそば饅頭に栗饅頭、くず饅頭に中華饅頭、大福まで集まって、一人が持ってくことになる。
 福々がスッと襖を開けるふりをする。

 「森ー!森公! おきやがれーッ!」
 「あー夢となくうつつとなく目の当たりに饅頭があるよあな気がしてたまらねえ……」
 「おきやがれーッよーッ!」
 「うーん……薬でも持って来てくれたのか……ああッ!! 饅頭だッ!!」

 森は饅頭に驚き、泣き出した。どうなるかと見ていれば、森は泣きながら饅頭を手に取って食べ始めた。

 「饅頭こわいよう!こわい!こわい!あっ餡子が黒い!」

 福々が饅頭を割って食べる仕草をする。手の平を口元に持って言って、もぐもぐやる。次を手に取ると、そこに幻想の饅頭が浮かび上がった。
 幻想の饅頭を両手にとり、福々が口をぱくぱくと動かす。おいしそうな饅頭が目に浮かぶようで、十二は口をほころばせた。

 「わあ、あいつ饅頭食ってやがるよー!森公!ほんとに怖いもんは何なんだ!?」
 「次は熱いお茶が怖いー!」

 どっと笑い声が上がり、拍手と一緒にお囃子がドンと鳴る。
 福々が深々とお辞儀して高座から降りる。次は誰だろうと看板を見やると、捲られた紙には「芳月亭小髷」と書かれていた。