「馬鹿ッ! 巴里夫ッ! それ聞くか普通!?」
福々が膝立ちになってパーリィの頭の上に拳を振りかざす。
どう思う。どう思う。ぐるぐると十二の脳内で、その言葉が回り出す。
「ええがなー!だって気になっちゃって……!」
「よくない!こういうのは聞くのが野暮ってやつで……」
「二人とも、止めなさい。料理が来た」
雨水の一言で、取っ組み合いになりかけた福々とパーリィがしゅんとして自分の席に戻る。はっとして、十二も上向いた。
店員が、お重を持ってやってくる。「失礼します」と言って、店員はさっと机にお重を置いた。パーリィが身を乗り出す。福々が、お重と一緒に置かれた箸をみんなに配った。
「おお!来た来た!」
「さ、十二くん、食べよう」
お重の中身を見ると、メインはレタスの上にでんと乗った大きなメンチカツ三つで、隣には重ね野菜の白和えが添えられている。その下に茶碗蒸しと切り干し大根と梅ジュレのせが輝いていた。いんげんのクミンソースかけも美味しそうだ。左脇あるごはんは雑穀が入った五穀米で、大盛についである。右脇のなすの味噌汁はホカホカ湯気が立っていた。
みんなでいただきますと言い、手を合わせて食べ始める。
十二は食べながら、みんなの顔を伺った。決意してきたことがあるのだ。それは、高座名のことだった。
「あの……」
「部長、どうするんじゃ?小鳥遊の高座名……」
メンチカツを頬張りながら、パーリィが聞く。いんげんを上品につまみながら、雨水が返事をした。
「うむ。まず名より亭号から決めるといいだろう。伝統にのっとり、清音亭か、花楽亭か……」
「俺ッ!」
声を上げて、十二が背筋を伸ばした。みんなが一斉に十二を見つめる。
「俺、芳月亭がいいです!」
ぴたりと、雨水の箸が止まる。福々とパーリィが顔を見合わせた。
雨水が、箸を置く。そしてゆっくりと語り出した。
「芳月亭という亭号は、代々部長クラスが名乗るものだ。十二くん」
「したがって、新入部員においそれと名乗らせるわけにはいかないのだ」
しまった。これでは、分不相応の名前を欲しいとねだってしまったことになる。
慌てて十二が弁明する。
「す、すみません!俺……そんなつもりでは……!ただ……!」
十二が、思わず膝立ちになって力説した。握った拳に力が籠る。
「俺!雨水さんのように、いつか高座で輝きたいと思ってます!この気持ちは本物です!」
雨水を見つめて、十二が語る。その言葉に、雨水が目をしばたたかせた。そして、目を細めて、笑った。
十二の視線が熱く雨水を射抜く。雨水はそれを受け止めて、二人はばっちりと見つめ合った。
雨水は十二の瞳の奥を見据えて、じっと視線を離さない。まるで視線から何かを読み取ろうとしているようだ。
ふ、と雨水が首をかしげた。彼の髷が、微かに揺れる。そして、彼は十二に語り掛けた。
「芳月亭は、険しい道だ。そしてその名をそのままやる訳にはいかん。ならば……」
視線を外し、雨水がボールペンで紙にさらさらと何事か書きつけて、見せた。
そこには、<芳星亭>と書かれていた。
「芳星亭……」
目を輝かせて、十二がそれを読み上げる。パーリィが深く頷いた。
「その手があったかあ!新しく高座名作っちゃうんじゃな!」
「まあ、四回生の見守り隊の先輩たちの中にもオリジナル高座名いたし、いいんじゃない?」
福々も納得した様子だ。雨水は、十二に聞いた。
「月を追いかける星。月にはまだ届かないが、星のように光るものがあるという意味だ。これで、どうだ?」
「素敵、だと思います……!」
「では、決まりだな」
ストンと正座して、十二が座り直す。雨水の手が、十二の頭にそっと添えられた。
「俺になろうと思わなくていい。月には無い光が、星にはある。星のように、お前も自分らしく輝けばいい」
言いながら、雨水は優しく十二の頭を撫ぜた。指先が、ゆっくりと、頭髪をかき混ぜる。
頭を撫でられるのなんて、何年ぶりだろう。十二は、犬になった気分で膝に手を置いて雨水からの愛撫を、黙りこくって受けていた。
(あったかい……)
大の男が頭を撫でられているのに、嫌味な感じはしない。むしろ、あたたかくて優しい手の感触が、十二の心をじんわりと満たしていく。
雨水の指が、十二の髪を梳くように滑った。頭に意識が集中する。
(あ……っ!触りたい……!)
その時、十二の心に雨水の髷に触りたいという強い衝動が芽生えた。
(髷……!)
十二にとって、雨水の髷は、彼の象徴だった。今になっては、それは特別な意味のあるものだと感じられた。
雨水は、十二に期待している。それは確かだろう。
自分は、彼のことをどう思っているか。
手が、十二の頭から離れる。ああ、終わってしまう。深く考えそうになった思考が逸れていく。
(とりあえず)
それは、横に置いといて。
十二は、雨水の手を惜しみつつ、宣言した。
「俺、精進します!」
「うん。では、続きを食べよう。それから部室に行って、早速出囃子を決めようじゃないか」
雨水の言葉に、みんなが再び箸を持ち、料理に手を付け始めていった。
福々が膝立ちになってパーリィの頭の上に拳を振りかざす。
どう思う。どう思う。ぐるぐると十二の脳内で、その言葉が回り出す。
「ええがなー!だって気になっちゃって……!」
「よくない!こういうのは聞くのが野暮ってやつで……」
「二人とも、止めなさい。料理が来た」
雨水の一言で、取っ組み合いになりかけた福々とパーリィがしゅんとして自分の席に戻る。はっとして、十二も上向いた。
店員が、お重を持ってやってくる。「失礼します」と言って、店員はさっと机にお重を置いた。パーリィが身を乗り出す。福々が、お重と一緒に置かれた箸をみんなに配った。
「おお!来た来た!」
「さ、十二くん、食べよう」
お重の中身を見ると、メインはレタスの上にでんと乗った大きなメンチカツ三つで、隣には重ね野菜の白和えが添えられている。その下に茶碗蒸しと切り干し大根と梅ジュレのせが輝いていた。いんげんのクミンソースかけも美味しそうだ。左脇あるごはんは雑穀が入った五穀米で、大盛についである。右脇のなすの味噌汁はホカホカ湯気が立っていた。
みんなでいただきますと言い、手を合わせて食べ始める。
十二は食べながら、みんなの顔を伺った。決意してきたことがあるのだ。それは、高座名のことだった。
「あの……」
「部長、どうするんじゃ?小鳥遊の高座名……」
メンチカツを頬張りながら、パーリィが聞く。いんげんを上品につまみながら、雨水が返事をした。
「うむ。まず名より亭号から決めるといいだろう。伝統にのっとり、清音亭か、花楽亭か……」
「俺ッ!」
声を上げて、十二が背筋を伸ばした。みんなが一斉に十二を見つめる。
「俺、芳月亭がいいです!」
ぴたりと、雨水の箸が止まる。福々とパーリィが顔を見合わせた。
雨水が、箸を置く。そしてゆっくりと語り出した。
「芳月亭という亭号は、代々部長クラスが名乗るものだ。十二くん」
「したがって、新入部員においそれと名乗らせるわけにはいかないのだ」
しまった。これでは、分不相応の名前を欲しいとねだってしまったことになる。
慌てて十二が弁明する。
「す、すみません!俺……そんなつもりでは……!ただ……!」
十二が、思わず膝立ちになって力説した。握った拳に力が籠る。
「俺!雨水さんのように、いつか高座で輝きたいと思ってます!この気持ちは本物です!」
雨水を見つめて、十二が語る。その言葉に、雨水が目をしばたたかせた。そして、目を細めて、笑った。
十二の視線が熱く雨水を射抜く。雨水はそれを受け止めて、二人はばっちりと見つめ合った。
雨水は十二の瞳の奥を見据えて、じっと視線を離さない。まるで視線から何かを読み取ろうとしているようだ。
ふ、と雨水が首をかしげた。彼の髷が、微かに揺れる。そして、彼は十二に語り掛けた。
「芳月亭は、険しい道だ。そしてその名をそのままやる訳にはいかん。ならば……」
視線を外し、雨水がボールペンで紙にさらさらと何事か書きつけて、見せた。
そこには、<芳星亭>と書かれていた。
「芳星亭……」
目を輝かせて、十二がそれを読み上げる。パーリィが深く頷いた。
「その手があったかあ!新しく高座名作っちゃうんじゃな!」
「まあ、四回生の見守り隊の先輩たちの中にもオリジナル高座名いたし、いいんじゃない?」
福々も納得した様子だ。雨水は、十二に聞いた。
「月を追いかける星。月にはまだ届かないが、星のように光るものがあるという意味だ。これで、どうだ?」
「素敵、だと思います……!」
「では、決まりだな」
ストンと正座して、十二が座り直す。雨水の手が、十二の頭にそっと添えられた。
「俺になろうと思わなくていい。月には無い光が、星にはある。星のように、お前も自分らしく輝けばいい」
言いながら、雨水は優しく十二の頭を撫ぜた。指先が、ゆっくりと、頭髪をかき混ぜる。
頭を撫でられるのなんて、何年ぶりだろう。十二は、犬になった気分で膝に手を置いて雨水からの愛撫を、黙りこくって受けていた。
(あったかい……)
大の男が頭を撫でられているのに、嫌味な感じはしない。むしろ、あたたかくて優しい手の感触が、十二の心をじんわりと満たしていく。
雨水の指が、十二の髪を梳くように滑った。頭に意識が集中する。
(あ……っ!触りたい……!)
その時、十二の心に雨水の髷に触りたいという強い衝動が芽生えた。
(髷……!)
十二にとって、雨水の髷は、彼の象徴だった。今になっては、それは特別な意味のあるものだと感じられた。
雨水は、十二に期待している。それは確かだろう。
自分は、彼のことをどう思っているか。
手が、十二の頭から離れる。ああ、終わってしまう。深く考えそうになった思考が逸れていく。
(とりあえず)
それは、横に置いといて。
十二は、雨水の手を惜しみつつ、宣言した。
「俺、精進します!」
「うん。では、続きを食べよう。それから部室に行って、早速出囃子を決めようじゃないか」
雨水の言葉に、みんなが再び箸を持ち、料理に手を付け始めていった。
