「高座名って……噺家としての名前ってことですか?」
 「うん。そうだ」

 雨水が頷く。

 「知っての通り、プロの噺家には芸名があって、入門すると師匠が名前を付けてくれる。我が落研では、師匠にあたる一人の人間というより、先輩たちが新入部員のプロフィールを聞いて、そこから起草するんだ。福々、あれを」
 「はい」

 福々が膝の横に置いていたハンドバックから何やら三枚つづりの紙を取り出して見せて言った。

 「小鳥遊くんにはこれに答えてもらうよ」

 そこには、可愛らしい小花の柄と一緒に<小鳥遊くんに色々質問コーナー>と書かれていた。

 「これは……」
 「うん。プロフィール帳だな。高座名は、これを元にみんなで相談して決める。さて」

 雨水は、福々から紙を受け取ると、ボールペンを取り出して構える。
 そして、隣に座った十二を見つめて言った。


 「十二くんのことを詳しく教えて欲しいんだ」
 「はいっ!喜んで!」

 自分のことを語るってよくわからないけど、雨水にそう言われては、頑張る気持ちになろうと言うものだ。

 「そんなに意気込まなくても……自然体で答えていいんだよ」

 福々が、十二をまあまあとなだめる。パーリィが、自分の分の紙を福々から受け取って声を上げた。

 「じゃ、そろそろやるで!新入生プロフィール・公開取り調べじゃ!」

 パーリィがコホンと咳払いして文字を読み上げていく。

 「えーっと、改めて名前と、所属学部・専攻を教えてくれ」
 「小鳥遊十二《たかなしとうじ》です。総合人間学部の認知情報学専攻です。情報科学に興味があって……」
 「ていうと、数理系?」
 「いえ、どちらかというと、行動科学やりたいですね。認知心理学とか……」
 「ふむふむ、心理学系なんじゃな」

 福々が身を乗り出して聞く。

 「出身地は?」
 「群馬県の草津町です」
 「じゃあ血液型と星座は?」
 「О型の、うお座です」
 「趣味は?」
 「走ること……ランニングです。高校までは陸上部の長距離ランナーでした。あと銭湯めぐりとか好きですね!草津町には共同浴場がいっぱいあるんですよ!」
 「へえ、じゃあ体力はあるみたいだね。銭湯めぐりかあ……いい趣味してる……」

 紙に書き込みながら、福々が次の質問に移る。

 「アレルギーとかある?好きな食べ物と嫌いな食べ物は?」
 「アレルギーは特にありません。好きなのはゆで卵で……苦手なのは……うーん、特にないですけど、しいて言えばブルーチーズとか……くさやとか香りが極端に強いものですね」
 「休日の過ごし方は?」
 「友達と遊びに出ることが多かったです。上京したんで、今は家事とか自炊に励んでます」
 「じゃ、自分で思う短所とかある?」
 「短所……何かにハマるとそれしか見えなくなっちゃう所ですかね」
 「ふうん」

 福々が面白そうに片眉を上げる。

 「一途ってことねえ」
 「今、一番ハマっとることってなんじゃ?」

 パーリィが聞く。十二が、頭を掻いて返事をした。

 「あの、動画サイトで落語聴くのに……ちょっとハマってて……」

 本当のことだった。あの新部員勧誘寄席で、三つの落語を聞いた時から、どうも落語のことが頭から離れなくて、気が付けば動画サイトで『落語』と検索してしまっていた。
 動画サイトには、古いものから新しいものまで、様々な噺家の様々な落語が溢れていた。
 古典落語の『死神』を視聴して、最後の落ちでぞっとした。新作落語の『夢の卵』を視聴して、こんな落語もあるんだと感心した。
 福々とパーリィがニヤニヤとにやけながら、二人で耳打ちしあう。

 「沼にハマりかけだね、片足突っ込んでる」
 「いいね……よし。これで質問は終わりなんじゃけど、俺から、個人的に最後の質問じゃ」

 パーリィが真面目な顔をして、十二を見つめながら質問した。

 「部長のこと、どう思っとる?」
 「え……っ?」