その日の放課後。
私は忘れ物を取りに教室に戻った。

茜色に染まった教室。
そこに一人、窓際の席に座って窓の外を見つめる青年がいた。
茶に染まった髪が、夕日に照らされてキラキラ光っていた。

「……中村くん、まだいたんだ」

黙って教室に入るのもな、と思って。扉を開けると同時に、私はそう零すように声を出した。
中村くんはゆっくりとその席に座ったまま、私のほうを見てあの無邪気な笑みをこぼした。

「うん、夕日、きれいだなと思って」

「……石川とはまた違う?」

「うん、そうだね。結構違う。でも、こっちも好きだよ」

そうやって、彼はさらりと、恥ずかしいような言葉を息を吐くように言った。
なんだかそれが私にとってはこそばゆい。

さっさと、忘れ物をとってこの場を離れよう。
誰かに見つかったら、あらぬ誤解を駆けられる可能性だってあるのだから。

私は早足で、自席に忘れた今日の宿題を手に取り、カバンに詰めた。

「斎藤さんこのまま帰る感じ?」

急ぐ私をよそに、先ほどと変わらないテンポで彼は私に話しかけた。

「え、あ、うん。帰るけど……」

なんだか嫌な予感はしたが、私は正直にそう答える。

「じゃあ、俺も一緒に帰っていい?」

夕日に照らされた端正な顔が私にそう言って笑いかける。
思わず、高鳴る心臓。
きっと、その顔のせい、そう自分に言い聞かせ私は少し彼から目をそらした。

そして後悔する。
果歩を先に帰らせてしまったことを。

学校のアイドルと化しているこの目の前にいる彼と私が一緒に帰るなんて。
そんなの誰かに見られたら翌日、何をされるかわからない。

「あ、ごめん。つい、昔の距離感の癖で。ごめんね、斎藤さん。今の忘れて」

私が困っていることに気が付いたのか。
中村くんははっと目を見開き、そして申し訳なさそうに笑った。

そして、彼はすっと席を立つ。

「斎藤さんに彼氏とかいるかもしれないのにね。もし、嫌な思いとかさせてたらごめん」

そして、彼はそうもう一度謝り私に背を向けた。

多分、彼がすっとこのクラスになじめたのはこういうことなんだろう。
きっと人一倍周りの空気を読むのが上手で、相手が自分に何を求めているのか、何をしてほしいのか察するのがうまい。
しかも、それを”自然”とやってしまうのだから、その能力は彼の才能なんだろう。

私が彼に対して”こうしてほしい”と思っていたことで、彼の行動は半分は正解。
だけど___。

「ちょっと待って、中村くん」

気づけば、そう私は彼を呼び止めていた。
彼は、足を止めて、顔だけ振り向く。

”波風立てず生きていく”がモットーの私だが、
このまま誤解されたままなのは、さすがの私も気持ちが悪い。

「嫌な思いとかはしてない」

私がそういうと、少し彼は驚いたように目を少し開く。

「ただ、誰かに見られたら困るなとは思った。……だって、中村くん人気だから、変に噂立てられたら、中村くんも困るかなと思って」

私がそこまで言うと、中村くんはちゃんと私のほうに体を向けて、そのあと目を細くして彼は笑った。

「あはは……斎藤さん、俺ちょっと誤解してたかも」

「……誤解?」

「うん、でもこれからも仲良くできそう。安心したよ。ありがとう、正直に言ってくれて」

彼はそういって、また私に背を向けた。
そして彼は教室を出る際に「じゃあまた明日ね」と軽く言ってそのまま、風のように、静かに私の前から消えていった。