5-1 ◇ さようならは禁句
蝉の鳴き声も静かになってきたころキルケアから連絡があった。
どうやら宇宙船が直ったらしい。
最終調整をして、深夜になったらここを飛び立って星に還ることになる。
今日でルカともお別れだ。
俺たちは彼女のために何ができるか考えた。
最後に街を見せてあげる?
豪華なものを食べさせてあげる?
いろいろ話し合った結果、できるだけ一緒の時間をすごすことが一番良いということになった。
一緒に遊んで一緒にごはんを食べて他愛ない話をする。
日々の延長線であることが一番の思い出になる。
思う存分遊んで、気の向くまま眠って、お菓子を食べ尽くして、ありったけの時間を使って一緒にすごした。
ルカはこれ以上ないくらい笑顔で、終始瞳は黄色くなっている。
瞳の色の意味を知ってからというもの意図的に喜ばせてなにかを肖ろうなんて邪な気持ちはまったく持たなくなっていたが、もしこれが俺たちじゃない第三者だとしたら悪用するやつが現れてもおかしくない。
あっという間に夜ごはんの時間。
ルカと一緒に食べるのもこれで最後。
「最後の晩餐だな」
「意味違くね?」
俺たちの会話をスルーした芽乃ちゃんが意気揚々と発表する。
「今日は芽乃がご飯を作りましたー」
女子たちが「すごーい!」「楽しみ」と言いながらパチパチと拍手が起こる。
「御巫 芽乃特製サンドイッチでーす」
と言ってテーブルに並べる。
トーストの中にはスライスチーズとサニーレタス、トマトが挟んであり、ハンバーガーをイメージして作ったそうだ。
肉とチーズの香りが鼻腔から全身を駆け巡る。
「これ、ピクルス入ってる?」
そうだった。星司はピクルスが嫌いなんだった。
アメリカに住んでいたときもすべて父親に食べてもらっていた。
「ちょっと星司くん、せっかく芽乃ちゃんが作ってくれたんだから文句言わないで」
「そうだぞ。そもそもピクルスには栄養素がたくさん入ってるんだ。疲労回復、食欲促進、便秘解消、血液サラサラ、ダイエット効果……」
ついさっきユーチューブのショート動画で流れてきた内容を完コピして伝えると、横にいた飾音が冷え性解消とダイエットというワードに反応する。
「もしいらないなら私がもらってあげてもいいけど?」
飾音って案外ちょろいかもしれない。
そんなことを口にしたら飛び蹴りを食らいそうな予感がしたのでやめた。
「身体に良いものは食べた方がいい。健康はいまのうちから意識しておかないと」
「この前納豆食わなかったやつが言うなよ」
「あれは例外だ。食べ物じゃない」
「ハルはわかってないわね。納豆に含まれている納豆菌には腸の活性化に必要な善玉菌を増やす効果があるの。それにナットウキナーゼっていう酵素が血液をサラサラにしてくれるし、ビタミンやカルシウムも多く含まれているから身体にめちゃくちゃいいの」
そんなことを言われても嫌いなものは嫌いだ。
味の問題だけじゃなく見た目や固定概念の問題なんだ。
知識が豊富な飾音が介入してきたら勝ち目はないので強引に話を終わらせよう。
「まぁまぁ、これ以上の水浴び論はやめようぜ」
「それを言うなら水掛け論でしょ」
「そうなのか?」
「水を浴びてどうすんの?」
「浴びても掛けても結局濡れるから一緒じゃねぇか」
「あんたと話すとバカが移りそう」
俺たちのくだらないやりとりを見ながらくすくす笑うえなかにつられるように笑うルカ。
瞳を黄色と緑にしながらサンドイッチを小さな口でもぐもぐと食べる姿がかわいくてみんなで写真を撮った。
あっという間に日が落ち、お別れの時間が近づいてきた。
ルカを抱っこしてラグーナを出るとき、この感覚もしばらく味わえないんだと思うと寂しい気持ちになってしまう。
でもそれを出せばルカにも伝わってしまうため、できるだけ笑顔で普通に接するよう意識した。
芽乃ちゃんはルカとお揃いのブーニーハットをかぶってきていた。
ずっと仲良くなりたいと思っていた芽乃ちゃんは小学生になるのを記念して綾子に買ってもらった二つのうちの一つをルカにあげていた。
一緒にお風呂に入ったりごはんを食べたり家事を手伝ったりの毎日に二人は本当の双子のように息ぴったりになっている。
ルカのかぶるハットの隙間から見える赤と青のヘアピン。
ここ数日、出会ったころより少し伸びている前髪が邪魔なのか何度も瞬きをしていた姿を見ていたえなかからのプレゼント。
首にぶら下げている水筒は飾音からのプレゼントで、ドイツの有名ブランドのやつらしく、今日のために事前に用意していた。
俺たちも何かあげたかったのに女子だけ事前に打ち合わせしていたなんてずるいから精一杯の愛情を注ごう。
ー裏山に着くとキルケア、シュラヴァス、ファルシスが待っていた。
地面に刺さるかたちで不時着していた宇宙船は水平になっていていつでも飛べる状態。
腕の中にいるルカの瞳はすでに青くなっていて、いままで見た中で一番青い。
その瞳に溜まる泪はいまにも溢れ出しそうだ。
お別れの時間だということがわかるのだろう。
空を見上げると雲の数が多い気がする。
突然大雨が降らないといいけれど。
ルカを腕から降ろそうとするもルカは俺の服を引っ張って手を離そうとしない。
頼むからそんな悲しい顔しないでくれ。
堪えていたものが出てきてしまう。
なんとか足をつけると、俺の服を掴んだまま離そうとしないルカに女子たちはすでに目を潤ませている。
「ルカ、ここでお別れだ」
言葉が通じているのか、かぶりを何度も横に振る姿に感情が乱れそうになる。
「ルカの居場所はここじゃない。みんなと星に還るんだ」
俺の目をじーっと見つめ潤んだ青い瞳で訴えてくる。
ダメだ、これ以上見つめていたら立っていられなくなる。
目を逸らすように横にいた星司を見ると、「ルカちゃん、元気でな」と言いながら少し笑っていたが、その瞳は光っていた。
「ルカちゃん、また会えるよね?」
「私たちはいつでも待ってるからね」
「ルカちゃんは私の大事な娘だよ。いつでも遊びにいらっしゃい」
一人一人言葉を交わしながらもなかなか宇宙船に行こうとしない。
「ほら、芽乃もお別れの挨拶しなさい」
綾子の言葉に抗うように唇をぐっと噛み締め下を向いたまま口を開こうとしない。
「やだ。芽乃、ルカちゃんともっといたい」
「芽乃」
「いやだ。お別れしたくない」
大粒の泪を流しながら震える声で必死に抵抗する姿に感情のコントロールが利かない。
「大丈夫だ、また会える」
「ホント?」
「あぁ、ホントだ」
どんなに遠い場所だったとしても生きていればきっと会える。
次会うときまで悲しい気持ちではなく楽しい気持ちを残しておいてあげたい。
「ルカちゃん、また会おうね。大好き」
ぎゅっと抱きしめた芽乃ちゃんの瞳からは無数の泪がこぼれ落ちていた。
それを見たみんなも泣いている。
しばらくして、ルカの背中を押しながら宇宙船の前まで連れて行こうとするが、小さくも力強いその手で拒むたびにまた泪が溢れ出てきてしまう。
でもこれでいい。
さようならは言わないと決めていた。
もう会えなくなるみたいだから。
「さぁ、いきな」
本当にお別れの時間だ。
背中を押して宇宙船まで歩かせる。
「ルカ、ありがと。またな」
宇宙船の前に立ったルカは一度立ち止まると、ゆっくりと振り向き、
「あいがと」
拙くぎこちないながらも柔らかい笑顔を浮かべた。
はじめて聴くルカの声に双眸を開きながらみんなで目を合わせる。
そこには驚きや喜びなどさまざまな表情が波を打っていた。
宇宙船が宙に浮くと、不規則な動きをしながらあっという間に消えていった。
蝉の鳴き声も静かになってきたころキルケアから連絡があった。
どうやら宇宙船が直ったらしい。
最終調整をして、深夜になったらここを飛び立って星に還ることになる。
今日でルカともお別れだ。
俺たちは彼女のために何ができるか考えた。
最後に街を見せてあげる?
豪華なものを食べさせてあげる?
いろいろ話し合った結果、できるだけ一緒の時間をすごすことが一番良いということになった。
一緒に遊んで一緒にごはんを食べて他愛ない話をする。
日々の延長線であることが一番の思い出になる。
思う存分遊んで、気の向くまま眠って、お菓子を食べ尽くして、ありったけの時間を使って一緒にすごした。
ルカはこれ以上ないくらい笑顔で、終始瞳は黄色くなっている。
瞳の色の意味を知ってからというもの意図的に喜ばせてなにかを肖ろうなんて邪な気持ちはまったく持たなくなっていたが、もしこれが俺たちじゃない第三者だとしたら悪用するやつが現れてもおかしくない。
あっという間に夜ごはんの時間。
ルカと一緒に食べるのもこれで最後。
「最後の晩餐だな」
「意味違くね?」
俺たちの会話をスルーした芽乃ちゃんが意気揚々と発表する。
「今日は芽乃がご飯を作りましたー」
女子たちが「すごーい!」「楽しみ」と言いながらパチパチと拍手が起こる。
「御巫 芽乃特製サンドイッチでーす」
と言ってテーブルに並べる。
トーストの中にはスライスチーズとサニーレタス、トマトが挟んであり、ハンバーガーをイメージして作ったそうだ。
肉とチーズの香りが鼻腔から全身を駆け巡る。
「これ、ピクルス入ってる?」
そうだった。星司はピクルスが嫌いなんだった。
アメリカに住んでいたときもすべて父親に食べてもらっていた。
「ちょっと星司くん、せっかく芽乃ちゃんが作ってくれたんだから文句言わないで」
「そうだぞ。そもそもピクルスには栄養素がたくさん入ってるんだ。疲労回復、食欲促進、便秘解消、血液サラサラ、ダイエット効果……」
ついさっきユーチューブのショート動画で流れてきた内容を完コピして伝えると、横にいた飾音が冷え性解消とダイエットというワードに反応する。
「もしいらないなら私がもらってあげてもいいけど?」
飾音って案外ちょろいかもしれない。
そんなことを口にしたら飛び蹴りを食らいそうな予感がしたのでやめた。
「身体に良いものは食べた方がいい。健康はいまのうちから意識しておかないと」
「この前納豆食わなかったやつが言うなよ」
「あれは例外だ。食べ物じゃない」
「ハルはわかってないわね。納豆に含まれている納豆菌には腸の活性化に必要な善玉菌を増やす効果があるの。それにナットウキナーゼっていう酵素が血液をサラサラにしてくれるし、ビタミンやカルシウムも多く含まれているから身体にめちゃくちゃいいの」
そんなことを言われても嫌いなものは嫌いだ。
味の問題だけじゃなく見た目や固定概念の問題なんだ。
知識が豊富な飾音が介入してきたら勝ち目はないので強引に話を終わらせよう。
「まぁまぁ、これ以上の水浴び論はやめようぜ」
「それを言うなら水掛け論でしょ」
「そうなのか?」
「水を浴びてどうすんの?」
「浴びても掛けても結局濡れるから一緒じゃねぇか」
「あんたと話すとバカが移りそう」
俺たちのくだらないやりとりを見ながらくすくす笑うえなかにつられるように笑うルカ。
瞳を黄色と緑にしながらサンドイッチを小さな口でもぐもぐと食べる姿がかわいくてみんなで写真を撮った。
あっという間に日が落ち、お別れの時間が近づいてきた。
ルカを抱っこしてラグーナを出るとき、この感覚もしばらく味わえないんだと思うと寂しい気持ちになってしまう。
でもそれを出せばルカにも伝わってしまうため、できるだけ笑顔で普通に接するよう意識した。
芽乃ちゃんはルカとお揃いのブーニーハットをかぶってきていた。
ずっと仲良くなりたいと思っていた芽乃ちゃんは小学生になるのを記念して綾子に買ってもらった二つのうちの一つをルカにあげていた。
一緒にお風呂に入ったりごはんを食べたり家事を手伝ったりの毎日に二人は本当の双子のように息ぴったりになっている。
ルカのかぶるハットの隙間から見える赤と青のヘアピン。
ここ数日、出会ったころより少し伸びている前髪が邪魔なのか何度も瞬きをしていた姿を見ていたえなかからのプレゼント。
首にぶら下げている水筒は飾音からのプレゼントで、ドイツの有名ブランドのやつらしく、今日のために事前に用意していた。
俺たちも何かあげたかったのに女子だけ事前に打ち合わせしていたなんてずるいから精一杯の愛情を注ごう。
ー裏山に着くとキルケア、シュラヴァス、ファルシスが待っていた。
地面に刺さるかたちで不時着していた宇宙船は水平になっていていつでも飛べる状態。
腕の中にいるルカの瞳はすでに青くなっていて、いままで見た中で一番青い。
その瞳に溜まる泪はいまにも溢れ出しそうだ。
お別れの時間だということがわかるのだろう。
空を見上げると雲の数が多い気がする。
突然大雨が降らないといいけれど。
ルカを腕から降ろそうとするもルカは俺の服を引っ張って手を離そうとしない。
頼むからそんな悲しい顔しないでくれ。
堪えていたものが出てきてしまう。
なんとか足をつけると、俺の服を掴んだまま離そうとしないルカに女子たちはすでに目を潤ませている。
「ルカ、ここでお別れだ」
言葉が通じているのか、かぶりを何度も横に振る姿に感情が乱れそうになる。
「ルカの居場所はここじゃない。みんなと星に還るんだ」
俺の目をじーっと見つめ潤んだ青い瞳で訴えてくる。
ダメだ、これ以上見つめていたら立っていられなくなる。
目を逸らすように横にいた星司を見ると、「ルカちゃん、元気でな」と言いながら少し笑っていたが、その瞳は光っていた。
「ルカちゃん、また会えるよね?」
「私たちはいつでも待ってるからね」
「ルカちゃんは私の大事な娘だよ。いつでも遊びにいらっしゃい」
一人一人言葉を交わしながらもなかなか宇宙船に行こうとしない。
「ほら、芽乃もお別れの挨拶しなさい」
綾子の言葉に抗うように唇をぐっと噛み締め下を向いたまま口を開こうとしない。
「やだ。芽乃、ルカちゃんともっといたい」
「芽乃」
「いやだ。お別れしたくない」
大粒の泪を流しながら震える声で必死に抵抗する姿に感情のコントロールが利かない。
「大丈夫だ、また会える」
「ホント?」
「あぁ、ホントだ」
どんなに遠い場所だったとしても生きていればきっと会える。
次会うときまで悲しい気持ちではなく楽しい気持ちを残しておいてあげたい。
「ルカちゃん、また会おうね。大好き」
ぎゅっと抱きしめた芽乃ちゃんの瞳からは無数の泪がこぼれ落ちていた。
それを見たみんなも泣いている。
しばらくして、ルカの背中を押しながら宇宙船の前まで連れて行こうとするが、小さくも力強いその手で拒むたびにまた泪が溢れ出てきてしまう。
でもこれでいい。
さようならは言わないと決めていた。
もう会えなくなるみたいだから。
「さぁ、いきな」
本当にお別れの時間だ。
背中を押して宇宙船まで歩かせる。
「ルカ、ありがと。またな」
宇宙船の前に立ったルカは一度立ち止まると、ゆっくりと振り向き、
「あいがと」
拙くぎこちないながらも柔らかい笑顔を浮かべた。
はじめて聴くルカの声に双眸を開きながらみんなで目を合わせる。
そこには驚きや喜びなどさまざまな表情が波を打っていた。
宇宙船が宙に浮くと、不規則な動きをしながらあっという間に消えていった。



