L.U.K.A.〜遠い星からやってきた少女〜

4-2 ♪

「私、友遼くんが好き」

薄々感じてはいたけれど、突然の告白にどう返していいかわからない。
わかってはいるのにいざ言葉に出されると気が動転している自分がいる。
もなちゃんの「好き」という言葉が脳内で何度も去来(きょらい)している。

「告白するの?」

なんとなくそんな気がした。

「もうしたよ」

えっ?いつ?
遊園地に行った日に告白したみたいだったけれど、答えはいらないって言ったみたい。
どうしてそんなこと言ったんだろう。
私だったら絶対答えが欲しいのに。
もしかして私の気持ちに気づいているの?
もなちゃんは大切なお友達。
でもハルのことになると話は別。
どんな相手だろうとハルの横は譲らない。
譲りたくない。
でも告白する勇気なんてない。
彼からの言葉がほしい。
贅沢でわがままと思われても私はハルからの言葉がほしいの。

ーその日はずっともなちゃんの言葉が頭から離れなかった。
告白されたときハルはどんな顔していたのだろう。
嬉しかったのかな?
困ったのかな?
もし私がしたらどんな顔するのだろう。
星司くんに相談したら気持ちバレちゃうよね。
高校最後の夏休み。それはラグーナでの最後のルームシェアを意味する。
ハルは高校卒業したらどうするのかな?
私が街に出るって言ったら怒るかな?
一緒に来てくれるかな?
もし急にいなくなったら私……。
なんだかモヤモヤして眠れない。
外の風でも浴びようと玄関を出たとき、
「こんな時間に何してんだ?」

背後からハルに声をかけられた。

「ちょっといきなり声かけないでよ」

ハルのこと考えているときに話しかけてくるなんて心臓に悪すぎ。

「ハルこそ何してんの?」

「いや、そろそろ夏休みも終わっちゃうなと思って」

「おセンチに浸ってたの?」

「バカにしてんだろ?」

「してないよ。でも、時間ってあっという間にすぎてくね」

「ホントだな」

「ハルは高校卒業したらどうするの?」

訊いてみたもののなんとなく答えはわかっていた。
きっと将来のことなんてまだ何も考えていなさそう。
年が明けてから焦ってテキトーなところに行かないといいけれど。
こっちに残るのかな?
できれば一緒に街に行けたらいいな。
そしたらまたたくさん会えるのに。

「父さんと同じ道を行こうと思ってる」

意外な返しに少し戸惑いながらもちゃんと将来のことを考えていることがちょっぴり嬉しかった。

「パイロットになるってこと?」

「いや、航空会社で働こうかと思ってる。小さいころから努力してその道に進んだ父さんはかっこいいし尊敬してる。俺はそんな父さんのサポートがしたいんだ。って言っても具体的なことはまだ決めてないけどな。整備士もかっこいいしグランドハンドリングもやってみたい」

航空系のことを学ぶには必然的に街に出る必要があるから、卒業したらハルもここを離れることになる。本当にその道に進むなら私と近くの街に引っ越してくれたら嬉しいな。なんて都合の良いこと考えてみる。

「いつかこの島にも空港ができたら父さんにも来てもらって、親子で多くの人を空の旅に案内するんだ。そしたらこの島の認知度も上がるし、活性化にもつながるだろ?そんなことができたらいいなって思う」

いままでぐうたらしていたハルとは思えないほどキラキラした瞳で夢を語る姿に胸の鼓動が高鳴った。
そうだよね、もう高三だし将来のことを考えていたって不思議じゃない。

「ハルなら大丈夫だよ」

「珍しく褒めるじゃん」

「いつもディスってばっかじゃないし」

夢を追いかける人は本当に素敵だなって思う。
応援してあげたいし支えてあげたい。
ハルにとってベストな選択をしてほしいと思う。

「飾音は大学に行くんだろ?」

「えっ?」

「前に大学行っておしゃれなカフェでバイトしたいって言ってたじゃん」

覚えていてくれたんだ。
とくにやりたいこととかはないけれど、とりあえず大学に行って色々な人に出会って色々な価値観や感性に触れたい。
実家から通うことは頭にない。
一人暮らしした方が自立できるしパパと距離が置けるから。

「大学行っても会ってくれる?」

ちょっぴりこわかった。
もし断られたら立ち直れないかもしれない。

「当たり前だろ」

真顔でそう言う彼の本心が見えなかった。
きっと幼馴染として言っているのかもしれないけれどそれでもいい。
街に出たらたくさん出会いがある。
デリカシーのないハルだけれど大人になったらもっとかっこよくなるに違いない。
だからこれからも私がハルの隣をキープするの。そのために心の距離は遠ざけちゃいけない。

「ってか卒業する前に解決しといた方がいいんじゃね?」

いつになく真剣な表情のハル。
彼の言っていることが何のことかすぐにわかった。
パパとのことだ。
パパは世界的に有名な建築家で少し昔気質な人。
本人の前ではお父さんと呼ばないと怒られるし、食事もパパが先に口をつけてからでないと私たちは食べられない。
ママも私もパパに対しては敬語を使うのが当たり前になっていて、普段の汚い言葉を使ったら怒られるから神経を使うし、正直窮屈。
パパとは中学を卒業してから口を利いていない。高校の入学式も一言もしゃべらなかった。
きっかけはママとの離婚。
べつに不倫をしていたわけじゃないしDVを受けていたわけじゃなく、原因は嫁姑問題。
建築家として成功したパパは家にいることが少なかった。
世界中を飛び回り、アジアやヨーロッパの建築に携わっている。
パパのことが大好きなパパのお母さんは少し古い考えの人で、ママのことを受け入れていなかった。
それでもママは私のためにずっと我慢してくれていた。
中学を卒業するとき、二人は離婚する決断をした。
最初はママについていこうか迷ったけれど、四国に行ったらハルと離れ離れになっちゃうから泣きながらこっちに残る決断をした。
いまでもママのことが大好きだから年に二回以上は会いに行くようにしている。
去年ママに会いに行ったときは地元の言葉になっていたからイントネーションが違ってかわいかった。
パパが直接的に悪くないのはわかっている。
けれど、地元を離れて一人この島にやってきたママをひとりぼっちにさせるなんてできないし、やっぱりパパからパパのお母さんに言ってほしかった。
離婚してから空気は一気に悪くなり、綾子さんにお願いしてラグーナに住まわせてもらうことにした。
もちろんパパとは喧嘩しているから家賃は自分で払っているし、ママに会いに行っていることも内緒。
三年間一言も話していないし、メッセージのやりとりは学校の書類関係のことだけ。
それを知っているハルが背中を押してくれた。
小さい時に病気でお母さんを亡くしている彼にとっては私のしていることが理解できないのかもしれない。
向き合おうとすればできるのにそれをしないから。
私ももう十八歳だし、いい加減向き合わないと。
その日の夜、パパが帰ってきていることを知った。
久しぶりに帰る実家の扉を見て心臓がドキドキしてきた。
どんな顔をされるのだろう。
どんなことを言われるのだろう。
ちゃんと向き合えるかな。
私の不安を吹き飛ばしてくれるかのようにハルからメッセージが来ていた。

「ムカつくこと言われたら蹴り飛ばしてやれ」

ハルらしい言葉に思わず笑ってしまった。
けれど緊張が少しほどけた。
久しぶりにパパに送ったメッセージ。
(お話があります。今日家にいますか?)
心臓の鼓動にリンクするように手が震えていた。
すぐに返事に来た。
(夜ならいる)
玄関の扉を開け見えたパパの大きな革靴。
深呼吸してリビングに向かう。
パパはテレビを見ながらお酒を飲んでいた。
私に気づいたお父さんがこちらを一瞥して「帰ってたのか」と言ったが私は何も応えなかった。
『おかえり』も『ただいま』もなくテレビから流れるタレントの笑い声だけが響き渡る。
無言のままお茶を取り出しパパの斜め横に座り、テレビを観る。
かわいい動物や赤ちゃんの微笑ましい映像や、車の衝突映像や危機一髪の映像が流れ、それを見た芸能人たちが反応している番組がやっていたが私たちは何の反応もしなかった。
ワイプに映る芸能人の中にもなちゃんが出ていた。
そういえばこの前地上波のテレビに呼ばれたって言っていた。

「この子、最近こっちに越してきたんだろう?」

お酒のグラスを持ちながら口を開いたパパだったが、数年間空いた距離がそうさせているのか目を合わせることはしなかった。

「はい」

「仲良いのか?」

「はい」

まるで他人のような距離感に苛立ちばかりが募る。
ハルのお母さんが生きていたころはよく一緒に遊んでくれていた。
笑顔の絶えない幸せな家族だった。
いまはその面影(おもかげ)すらない。
私を一瞥したパパが切り出す。

「話があるんだろう?」

本音を言うために来たのに長い時間が距離を作ってしまっていた。

「実は……」

どう切り出せばよいかわからず言い(よど)んでしまった。

「はっきり言いなさい」

私は事情を説明した。
ママともう一度暮らしたい。それが娘としての本音。でもママがそれを望まない。
今年のはじめに会いに行ったとき、ママはこうして会いに来てくれるだけで幸せだって言っていたし、パパに対する愛情はもうなくなってしまったと言っていた。
だからこれは娘としてではなく結島 飾音という一人の人間としてのお願い。

「街の大学に行って一人暮らしがしたいです」

自慢じゃないけれど、これでも勉強は真面目にしてきた。
志望校も成績だけでいえば問題ないから、あとは本番で大きなミスをしないよう準備するだけ。

「飾音の好きなようにしなさい」

意外にもあっさりしていてびっくりした。
もっと突っぱねられるかと思っていたけれど、その言葉から冷たさは感じられなかった。
こうしてパパと話すの何年ぶりだろう。
島にいると顔見知りばかりだからこんなに胸が締めつけられる機会は滅多にない。
実の親なのに不思議な感覚。
どんなに勉強しても気持ちだけは解答用紙がない。

「ありがとうございます」

「変な男には引っかかるなよ。夜のバイトも避けなさい。お金に困ったら父さんが出すから」

心配してくれているのかな?
まさかね、自分の体裁(ていさい)のためだと思う。
パパは昔から何を考えているのかわからない人だから。

「お母さんには会っているのか?」

どう答えようか迷った。
でも嘘をついても良いことないから正直に「はい」と答えた。

「そうか、母さんは元気か?」

こくりと頷きまた「はい」と答えた。
何かを考えた様子を見せた後、静かに口を開く。
さっきまでと無表情と違い少し悔悟(かいご)の念を込めて。

「お母さんのことを守ってやれなかった。わたしがもっとお母さんと向き合っていればあんなに我慢させずに済んだ。痩せ細った妻をあんなに苦しめてしまったのはお父さんの責任だ」

パパはずっと後悔していた。
実の母親もママも大切な存在で、どちらも守りたかったけれど、それがうまくできないままママは離れていってしまった。
畳みかけるように距離を置く私ともどう接して良いかわからずずっと苦しんでいた。
そんなことを知らないまま私は一方的にパパのことを嫌っていたと思うと、一緒に苦しみを味わってあげられなくて申し訳ないって思う。
前のように戻るのは難しくても、少しずつ関係を戻していけたらいいな。
大学に行ってもママには会いに行くしパパにも近況報告してあげようと思う。

ー「大丈夫だったか?」

ラグーナの戻ると、リビングにはハル、星司くん、もなちゃんが心配そうに待っていた。
今日のことをハルが二人に説明していたみたい。
切れてしまった絵画を完全に修復することはできなくても、なんとか修繕することならできる。
パパとママもそうなってほしい。
だから前を向こうと思う。

「ひとまずよかったな」

昔ほどじゃないけれど、少しだけ前の家族に戻れた気がした。