*
翌日の昼休み、教室の窓際からそっと視線を巡らせる。
「どうした、花? だれか探してるの?」
高校に入って仲良くなった高橋文乃が私の様子を見て少し不審がる。
「んー、ちょっとね」
昨日のことはお互い内緒にする約束。
だから、いくら仲のいい文乃であっても、昨日のことは言えなかった。
そうこうしているうちに私は目当ての人物を見つけ、席を立つ。
少し胸が高鳴った、そんな気がした。
「ごめん、文乃。ちょっとトイレ」
私はそう一言残して、教室を出た。
教室の廊下で彼を見つけ、思わず声を張った。
「大崎くん!」
何人かの友人と一緒に教室に戻ろうとしていた彼に、私はそう声かけた。
一瞬声をかけるのを躊躇したが、昨日のことがあったせいで今私は怖いもの知らずになっている部分があり、そんな恐怖は軽々と飛び越えてしまった。
振り返った彼は、特徴的な八重歯を見せて笑った。
「おはよう、じゃないか。こんにちは?」
そして、そういたずらっぽく彼は話す。
周囲の人たちは、気を利かせたのか、そそくさと教室へ入っていった。
「昨日のことで……」
私がそう話し出すと彼は、人差し指を自分の口元に寄せてウィンクをした。
「秘密、なんでしょ?」
彼の言葉を聞いて、昨日自分がこの話題は秘密にしてほしいといったことを思い出す。
昨日の話を覚えていてくれていたことに、また心臓の音が高鳴ったのが分かった。
「だから……。まあ、青崎がよければだけど」
彼はそういって、自分のスマートフォンを操作し、LINEのQRコードを私に差し出した。
「これだと、話しやすいでしょ?」
そう言って、彼は優しく笑う。
私は、自分のスマートフォンを取り出し、彼の差し出してくれたQRコードを読み込んだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
彼はそういって、教室の中に入っていく。
私も続けて入ると、彼の取り巻きの中から「告白?」と私が近くにいるのにも変わらず、そんな話が聞こえてきて急に顔がほてる。
「違うよ。俺が落とした物拾って届けてくれたの」
しかし、彼はそんな揶揄に対して、さらりと嘘を吐き、「な?」とその後ろをちょうど通り過ぎようとした私に視線を向けた。思わず頷いてしまった私。周囲は「なんだー」とつまらなそうに反応し、すぐ別の話題へと移っていった。
私も先ほど座っていた席に戻ると、文乃がじっとこちらを見続けていることに気づく。
「花」
うん、声色からして文乃は若干怒ってる。
「ごめん、急に飛び出して行って」
とりあえず、先ほど急に席を立ったことについては謝っておく。
「それはいいけど……私、聞いてないんですけど?」
「え?」
「あの、大崎くんと何かあったの?」
「……何って程じゃ……」
「王子様とお近づきになれそうな話があるなら、私にも教えてくれてもよくない?」
文乃はそういって、目をキラキラとさせて私のことを見つめてくる。
胸が痛いが、秘密にしてしまった以上、本当のことを話すことはできない。
「落とし物拾ったから届けただけなの」
私はそう、彼が先ほど使った嘘を再度利用する。
「罪悪感」という言葉が胸を締めつけるけれど、この状況では仕方がなかった。
文乃は私の言葉を聞くと、「なーんだ」と、先ほどの彼の取り巻きと同じような反応を示した。
そこで、授業開始のベルが鳴り、各々自席へ戻っていく。
その瞬間スマートフォンが震え、1件の通知が画面に表示された。
《大崎玲央:昨日あれからどうだったか、教えてね》
通知の内容を見て、胸が高鳴る。
意見を押し付けるわけでもなく、話を聞いてくれないわけでもない。
私には彼という____話を聞いてくれる存在がいる。
それだけで、私はなんだか昨日の自分よりも少し強くいられるような、そんな気がした。
授業中ではあったが、先生の目を盗んで、昨日のことをLINEを通じて、彼に報告をした。
母とぶつかったこと。ぶつかったけれど最終的には私の気持ちを”少しずつ”聞くという風に言ってくれたこと。
すると彼からは、
《やったじゃん》
というメッセージとともに、何やらクマが踊っているようなそんなスタンプも一緒に送られてきて、思わず口元が緩む。
授業中、人を笑わせにくるの本当にやめてほしい。
《ありがとう。大崎くんのおかげ。大崎くんは嫌がるかもしれないけど、そのやさしさに私は少なくとも助けられたよ》
そのメッセージを送ったあと、なんとなく思った。私と彼の関係は、これで終わるのかもしれない。
そんな勘が働いた。
案の定、そのメッセージは既読にはなっているのに、返信は来ない。
ちらりと、周りにばれないように、大崎くんの座っている席に目線を移すと、もう彼は、何事もなかったかのように教科書に視線を落としていた。
____彼は、仮面をかぶるのが得意だ。
もちろん、それは私の前でも例外ではなく、周りが彼に”かぶってほしい”と願う仮面をかぶるのが得意。
そして、近づいてその仮面をとられない距離を彼は維持するのが得意なんだろう。
私は昨日、初めて“これだ”と思えることを、自分で決めた。
まず、一つ目が自分で自分のレールを引けるようにすること。
そして、もうひとつ目が____
《私ね、1つ大崎くんにお願いしたいことがあるんだけど》
途切れたメッセージに私は重ねてそう送った。
そうだ。
今日の私は怖いもの知らずなんだ。
《何?》
《私も、あのカフェで働いてみたいんだけど、いいかな》
___あの、大崎くんの仮面の下を知る。
ただの好奇心かと言われれば、否定はできない。
だけど、私は”なりたい”と思ってしまったから。
彼のように、自由に選択できるようになりたいと、そう思ってしまったから。
だから___どうかわたしを近づかせてほしい。
《ちょっと、麻衣さんに聞いてみる》
しばらくたった後、そのメッセージが着て私は思わずガッツポーズをとりそうになる。
また一つ、自分の意志で選んだ。
そう思えただけで、昨日の私より少し誇らしかった。
翌日の昼休み、教室の窓際からそっと視線を巡らせる。
「どうした、花? だれか探してるの?」
高校に入って仲良くなった高橋文乃が私の様子を見て少し不審がる。
「んー、ちょっとね」
昨日のことはお互い内緒にする約束。
だから、いくら仲のいい文乃であっても、昨日のことは言えなかった。
そうこうしているうちに私は目当ての人物を見つけ、席を立つ。
少し胸が高鳴った、そんな気がした。
「ごめん、文乃。ちょっとトイレ」
私はそう一言残して、教室を出た。
教室の廊下で彼を見つけ、思わず声を張った。
「大崎くん!」
何人かの友人と一緒に教室に戻ろうとしていた彼に、私はそう声かけた。
一瞬声をかけるのを躊躇したが、昨日のことがあったせいで今私は怖いもの知らずになっている部分があり、そんな恐怖は軽々と飛び越えてしまった。
振り返った彼は、特徴的な八重歯を見せて笑った。
「おはよう、じゃないか。こんにちは?」
そして、そういたずらっぽく彼は話す。
周囲の人たちは、気を利かせたのか、そそくさと教室へ入っていった。
「昨日のことで……」
私がそう話し出すと彼は、人差し指を自分の口元に寄せてウィンクをした。
「秘密、なんでしょ?」
彼の言葉を聞いて、昨日自分がこの話題は秘密にしてほしいといったことを思い出す。
昨日の話を覚えていてくれていたことに、また心臓の音が高鳴ったのが分かった。
「だから……。まあ、青崎がよければだけど」
彼はそういって、自分のスマートフォンを操作し、LINEのQRコードを私に差し出した。
「これだと、話しやすいでしょ?」
そう言って、彼は優しく笑う。
私は、自分のスマートフォンを取り出し、彼の差し出してくれたQRコードを読み込んだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
彼はそういって、教室の中に入っていく。
私も続けて入ると、彼の取り巻きの中から「告白?」と私が近くにいるのにも変わらず、そんな話が聞こえてきて急に顔がほてる。
「違うよ。俺が落とした物拾って届けてくれたの」
しかし、彼はそんな揶揄に対して、さらりと嘘を吐き、「な?」とその後ろをちょうど通り過ぎようとした私に視線を向けた。思わず頷いてしまった私。周囲は「なんだー」とつまらなそうに反応し、すぐ別の話題へと移っていった。
私も先ほど座っていた席に戻ると、文乃がじっとこちらを見続けていることに気づく。
「花」
うん、声色からして文乃は若干怒ってる。
「ごめん、急に飛び出して行って」
とりあえず、先ほど急に席を立ったことについては謝っておく。
「それはいいけど……私、聞いてないんですけど?」
「え?」
「あの、大崎くんと何かあったの?」
「……何って程じゃ……」
「王子様とお近づきになれそうな話があるなら、私にも教えてくれてもよくない?」
文乃はそういって、目をキラキラとさせて私のことを見つめてくる。
胸が痛いが、秘密にしてしまった以上、本当のことを話すことはできない。
「落とし物拾ったから届けただけなの」
私はそう、彼が先ほど使った嘘を再度利用する。
「罪悪感」という言葉が胸を締めつけるけれど、この状況では仕方がなかった。
文乃は私の言葉を聞くと、「なーんだ」と、先ほどの彼の取り巻きと同じような反応を示した。
そこで、授業開始のベルが鳴り、各々自席へ戻っていく。
その瞬間スマートフォンが震え、1件の通知が画面に表示された。
《大崎玲央:昨日あれからどうだったか、教えてね》
通知の内容を見て、胸が高鳴る。
意見を押し付けるわけでもなく、話を聞いてくれないわけでもない。
私には彼という____話を聞いてくれる存在がいる。
それだけで、私はなんだか昨日の自分よりも少し強くいられるような、そんな気がした。
授業中ではあったが、先生の目を盗んで、昨日のことをLINEを通じて、彼に報告をした。
母とぶつかったこと。ぶつかったけれど最終的には私の気持ちを”少しずつ”聞くという風に言ってくれたこと。
すると彼からは、
《やったじゃん》
というメッセージとともに、何やらクマが踊っているようなそんなスタンプも一緒に送られてきて、思わず口元が緩む。
授業中、人を笑わせにくるの本当にやめてほしい。
《ありがとう。大崎くんのおかげ。大崎くんは嫌がるかもしれないけど、そのやさしさに私は少なくとも助けられたよ》
そのメッセージを送ったあと、なんとなく思った。私と彼の関係は、これで終わるのかもしれない。
そんな勘が働いた。
案の定、そのメッセージは既読にはなっているのに、返信は来ない。
ちらりと、周りにばれないように、大崎くんの座っている席に目線を移すと、もう彼は、何事もなかったかのように教科書に視線を落としていた。
____彼は、仮面をかぶるのが得意だ。
もちろん、それは私の前でも例外ではなく、周りが彼に”かぶってほしい”と願う仮面をかぶるのが得意。
そして、近づいてその仮面をとられない距離を彼は維持するのが得意なんだろう。
私は昨日、初めて“これだ”と思えることを、自分で決めた。
まず、一つ目が自分で自分のレールを引けるようにすること。
そして、もうひとつ目が____
《私ね、1つ大崎くんにお願いしたいことがあるんだけど》
途切れたメッセージに私は重ねてそう送った。
そうだ。
今日の私は怖いもの知らずなんだ。
《何?》
《私も、あのカフェで働いてみたいんだけど、いいかな》
___あの、大崎くんの仮面の下を知る。
ただの好奇心かと言われれば、否定はできない。
だけど、私は”なりたい”と思ってしまったから。
彼のように、自由に選択できるようになりたいと、そう思ってしまったから。
だから___どうかわたしを近づかせてほしい。
《ちょっと、麻衣さんに聞いてみる》
しばらくたった後、そのメッセージが着て私は思わずガッツポーズをとりそうになる。
また一つ、自分の意志で選んだ。
そう思えただけで、昨日の私より少し誇らしかった。



