『誕生日、ふたりで過ごそうよ』
一昨日の朝だった。
顔を合わせるなりそう言ってくれた莉久は、無邪気な笑顔をたたえていた。
『ケーキとプレゼントと花束と……あとお酒か。とにかく色々買って会いにいくから、紗良は家で待ってて』
『いいの? そこまでしてもらっちゃって』
『当たり前じゃん。特別な日だよ? 誕生日くらい、誰よりも一番幸せでいて欲しいから』
照れくさそうにはにかむ表情に心がくすぐったくなる。
花びらみたいに想いが積もっていく。
莉久の隣は、いつもあたたかくて心地いい。
『……どうしよう。もう既に幸せかも』
隠しきれずについ本音をこぼすと、ふと彼は優しく笑った。
次の瞬間には左手が握られていて、繋いだ手から温もりが溶け合う。
『俺も』
そのとき見た笑顔が蘇ってくると、病室での青白い肌や目を閉じたままの姿に濃く塗り潰された。
いっそう鮮やかなインパクトが脳を揺さぶる。
莉久の体温も思い出せないくらい、心細くて恐ろしかった。
本当だったら、今頃ふたりしてこの部屋で目を覚ましていたかもしれない。
学校をサボって、遅めの朝食をとって、残りのケーキを一緒に食べて────誕生日の余韻に浸りながら、この幸せがこれからも続くよう願ったりして。
きっと、莉久がいてくれるだけでこの世界の誰よりも一番満たされていた。
幸せだと思えた。特別な日じゃなくても。
「莉久……」
その名前を呟いたとき、西垣くんの言葉がよぎった。
『でも、よかったよな。命だけでも助かって』
そうだ、と思い直す。
彼が生きていてくれたことを喜ぶべきだ。
その瞳に映らなくても、言葉を交わせなくても、この世界にいてくれるだけで救いになる。
永遠の別れが訪れたわけじゃない。
わたしたちは同じ時間を歩んでいる。
(……会いたい)
思い立てば顔を見ることだって、触れることだってできる。
いままでの“当たり前”が奇跡だったことを思い知らされた。
失ってから気づく、とはこういうことなんだろう。
叶うなら、会って聞きたかった。
いったい何があったのか。
(話せなくても、やっぱり顔だけでも見にいこう)
正木さんや警察にまた制されたとしても、事情を話せば分かってくれるかもしれない。
それに、無用な疑いをかけられたって堂々と突き返せばいいんだ。
濡れた頬を拭い、痺れるほど沈んでいた身体を持ち上げて立った。
ドアを押し開けると、朝よりも眩しい光に包まれる。
少し日が高くなっていた。
病院へ戻る前に彼の家へ寄ることにした。
いつ目を覚ましてもいいように着替えを取りに向かう。
白い外壁の北欧風のアパート、その1階の角が莉久の部屋。
お互いにひとり暮らしで、たびたびそれぞれの家を行き来することがあったから、ここへ来るのにも慣れている。
預かっていた鍵を取り出しつつ顔を上げたとき、ふとアパートの前に人影を認める。
(誰だろう?)


