この世界からきみが消えても


 いつから()()だったのかは分からないものの、サイコメトリングで犯人を突き止めたにちがいない。
 俺に宿っていた残留思念を読み取ったのだ。

 “見た”とはそういうことなんだろう。
 俺と同じ、サイコメトリー能力で。

 すっかり体温を失った右手を見つめ、きつく握り締める。
 震えは増す一方だ。

(……久しぶりだ、この感覚)

 この能力を最後に使ったのは去年のことだった。
 大学のエレベーターホールの床に鍵が落ちているのをたまたま見つけ、触れたとき。

 浮かんだヴィジョンの中に紗良を見た。
 大して捜すまでもなく、近くの講義室で彼女を見つけて声をかけた。

 ────これ、きみの?

 かなり焦った様子で鍵を探していたらしい紗良だったが、それを受けて心底ほっとしたのが見て取れた。
 何度も繰り返し礼を告げて表情を綻ばせる。

 同じ学部の同級生程度の印象しかなかったが、こうして話したのをきっかけに関わるようになった。
 いつしかお互い惹かれるようになって、付き合うまでにそう時間はかからなかった。

 彼女の誕生日、思わぬ事態に巻き込まれたせいで、果たされなかった約束が宙に浮いたまま終わりを迎えようとしている。

 紗良は途方もない代償も(いと)わず、真相を明らかにすることを選んだ。
 黙って去ったのは優しさだ。
 彼女にまつわる一切の記憶を失った俺を、混乱や自責、申し訳なく思う負担から逃がしてくれるためだろう。

 きゅ、と胸が締めつけられた。
 強くて前向きで、誰かのために一生懸命になれる心優しい紗良が好きだった。
 いや、いまだって────。

 そのとき、いつかふたりで映画を観にいったときの会話が蘇ってきた。

『あの主人公の能力、実際にあったら便利だろうなぁ。触れるだけで情報を読み取れるなんて』

『そんないいもんかな? そう都合よくはいかないと思うけど』

 純粋に羨ましがる彼女に、実態を知っている俺は思わず反駁(はんばく)してしまった。

『えー、じゃあ莉久はその能力欲しくない?』

『うーん、欲しいとは思わないかな。悪いことばっかでもないんだろうけどさ』

 この手にある能力は、自ら望んで得たわけじゃない。
 けれど、紗良と出会えたことだけは幸運以外の何ものでもなかった。
 この力があってよかった、とそのとき初めて思えた。

『紗良は欲しいんだ?』

『欲しい! そしたらなくしものしても困らないし』

 彼女の答えはいまも同じなんだろうか。
 だけど、少なくともいまなら俺にも分かる。
 この能力があるお陰で、彼女を捜すことができるから。

 剥がれ落ちた欠片をかき集めると、手の中で淡く光ったような気がした。

(……会いたい)

 会って話したい。
 伝えなきゃならない言葉がある。

 小箱の蓋を閉めると、中におさまっている指輪を強く握り締めた。
 きびすを返し、病室を飛び出していく。

 何度でも見つけ出してみせる。
 ────たとえ、この世界からきみが消えても。



【完】