思わず西垣くんと顔を見合わせた。

 “一応”なんて濁しているけれど、きっと一番知りたい本題なのだろう。
 正木さんの双眸(そうぼう)がいっそう鋭くぎらついたように見えた。

「それって、アリバイってやつですか? 昨日も聞きましたよね」

「ええ、西垣さんには確かに伺いましたね。でももう一度教えてくれませんか」

 物腰柔らかなのにどこか圧を感じる。
 西垣くんは「何で」と率直に苛立ちをあらわにした。

「それが我々の仕事なんですよ。同じことを何度も聞いて、綻びが出てこないか見極める。高原さんのためにも協力してくれると嬉しいんですが」

 正木さんはあくまで穏やかに淡々と返す。
 笑いかけられた西垣くんは、けれど不満気に眉をひそめた。

「俺らのことも疑ってるってことですか?」

 その言葉に顔を上げると、正木さんは困ったような顔をする。
 (つくろ)うことのない正直な反応は、ある意味で誠実と言えるのかもしれない。

「……高原さんですが、何度も刃物で刺されてて犯人からは明確な殺意を感じるんです。実はですね、殺人事件の90パーセント以上が顔見知りによる犯行なんですよ。まあ、今回は幸いにも未遂ですが」

 彼はわたしたちそれぞれと同じだけ目を合わせながら言葉を繋ぐ。

「ともかく、だからこそこうしてあなた方にお話を聞いてるわけです。参考人、あるいは容疑者として」

 遠慮のないもの言いだった。
 熱心ながら無神経とも言えるその姿勢に衝撃を受けてしまう。

「何だよ、それ……」

 たまらずそうこぼした西垣くんの声を耳に、気づけばわたしは立ち上がっていた。

「帰ります」

 彼らの顔も見ないまま、きびすを返して病室から遠ざかっていった。
 ぎゅう、と握り締めた手に力が込もる。

 ただ莉久が心配で会いにきただけだったのに、正木さんには、殺し損ねた相手にとどめを刺しにきたとでも疑われているのだろうか。
 なんて不条理な懐疑(かいぎ)なんだろう。

「紗良ちゃん!」

 慌てて追ってきた様子の西垣くんが、隣に並んで歩き出した。
 彼も雑談もとい事情聴取を切り上げてきたらしい。

「……莉久に会わなくていいの?」

 一度振り返ってからそう尋ねられ、ゆるりと首を横に振る。

「病室行ったってどうせ会えないよ。警察もいるし」

 そういう言動を正木さんがどう解釈するのか、先ほどのやり取りを思えばよくない方向であることは明白に思えた。
 一挙手一投足を睨んでいるはずだ。