この世界からきみが消えても


「愛?」

「彼女、当初お話を伺ったときはあなたの同級生だと名乗ってましたけど、実際のところは恋人でしょう? 病室にも頻繁に出入りしてましたし」

 小突くように詰め寄られるものの、ただただ困惑してしまう。
 何のことだかまるでぴんと来なかった。

「ま、待ってください。俺にそんな人はいないですよ」

「またまた……。ふたりしてそう照れることないじゃないですか」

 さっきまで頼もしい刑事だったはずの正木さんが、世話焼きな親戚のようになってしまった。
 照れるも何も、そもそも何を言っているのか分からないというのに。
 同級生だと名乗っていたのなら、俺の知り合いなんだろうか。

「ともかく、本当によかったです。事件も無事解決した上、高原さんが目を覚ましてくれて」

 おもむろに彼が立ち上がった。
 噛み締めるようにそう言われ、自然と背筋が伸びる。

「ありがとうございました。色々、お世話になったみたいで」

「いえいえ、それが我々の仕事ですから。それに、わたしひとりの力じゃありません」

 単なる謙遜(けんそん)というわけではなさそうだった。
 どことなく悔しげにも見える苦い表情で目を伏せる。

「……実に情けない話ですが、犯人逮捕に至る前に我々は失態を犯しました。誤認逮捕直前で、彼女が決定的な証言をしてくれなければ今頃取り返しのつかないことになっていた」

 どうやら、捜査は実際に紆余曲折の中で迷走しかけていたようだ。
 そのことを包み隠さず(かえり)みるなんて意外に感じられるが、正木さんの熱意ある正直な姿が胸に響いた。

「信じることを忘れてはいけませんね。刑事として、出直して精進しなければ……」

 彼はしみじみとそう言うと顔をもたげる。
 凛々しくも穏やかな笑みが浮かんでいた。

「改めて、高原さんがご回復されて何よりです。本当によかった。今後のことは引き続き我々がサポートしますのでご安心を」

「あ……ありがとうございます」

「まだ痛むでしょうから、どうか無理せずお大事になさってくださいね。それでは」



 正木さんが病室をあとにしてから、ほどなく扉が叩かれた。
 その控えめなノックに応じると、顔を覗かせたのは翔太だった。

「……よ」

「おー」

 挨拶とも呼べないぎこちない言葉を交わし、おずおずと病室へ入ってくる彼を眺める。

「病院から連絡もらってさ。おまえが目覚ましたって」

 俺の反応を窺っている素振りがあって、最後に会った日のことを気にしているのだとひと目で分かった。
 扉を閉めたものの、そこで立ち止まったまま近づいてこようとしない。