この世界からきみが消えても


 さすがは刑事と言うべきなのか、何の番組だったかやその内容まで目ざとく把握していたようだ。

「はい。……俺の事件のことですよね、あれ」

「ええ、そうです。恥ずかしながら当初は手がかりがまるでなく難航(なんこう)していましたが、ようやく逮捕にこぎつけました」

 唯一情報を握っている俺が口を封じられていたせいで、紆余曲折(うよきょくせつ)を経る羽目になったことだろう。
 それこそが犯人の目的だったのかもしれないが。

「あの、俺……事件前にあいつと会いました」

 事件前夜、バイト帰りだった。
 曲がり角にさしかかったとき、ふいに飛び出してきた誰かとぶつかった。
 それが、逮捕されたあの男だった。

 かなりの勢いで弾き飛ばされるような形になり、お互い地面に倒れ込んだ。
 あたりに荷物が散らばったかと思うと、はらりと目の前に一万円札が降ってくる。
 痛みも衝撃も忘れて怪訝(けげん)に思った。

 その瞬間、目にも留まらない速さでお金を引っ掴んだ彼は、慌てて立ち上がるときびすを返した。
 夜の住宅街を疾走し、瞬く間に見えなくなってしまう。

「そのときに、彼の免許証を拾ったんですね?」

 確かめるような正木さんの言葉に何度も頷く。

「そうです。追いかけようにも見失って……。あとで警察に届けようと思って一旦持ち帰りました」

 ただ、そのときは何か大事な予定が待っていて、浮かれていたせいで“あとで”をますます先延ばしにしてしまった。
 免許証を落として困っているだろう、と思いつつもあと回しにしてしまうほどの“大事な予定”が何だったのか、不思議と思い出せないが。

 そういうことでしたか、と神妙に頷いた正木さんは真面目なトーンで続ける。

「実はですね……あの男、そのとき強盗に入った帰りだったみたいなんですよ。高原さんとぶつかって、顔を見られたことに焦った。それだけじゃなく免許証まで拾われたことにあとから気づいて、正気を失ったんでしょうね」

「それで、俺を……?」

「ええ。高原さんを尾行し、口封じのために手をかけたと自供しました」

 背筋がぞくりと冷えて凍りついた。
 そんな理不尽かつ身勝手な理由で自分が殺されようとしていた事実に。

 平凡でありきたりな自分が、まさか突如として舞台の中央に押し出されるなんて信じられなかった。
 誰かに殺意を向けられるなんて夢にも思わなかった。
 こういう事件に巻き込まれるのは、特別な何かがある人たちばかりだと思っていた。

 悪いことなんてしていなくても、不条理に標的にされることがある。
 なんて救いようのない現実だろう。
 怒ればいいのか悲しめばいいのか、分からなくて呆然としてしまった。