この世界からきみが消えても

     ◆



 遠くに何か音が聞こえた。
 夢と現実の狭間(はざま)揺蕩(たゆた)っていた意識がだんだんと浮かび上がってくる。

『……の殺人未遂事件で、男が逮捕されました。逮捕されたのは……』

 ぼんやり耳の表面を撫でていた音は、テレビから響く無機質な女性アナウンサーの声だった。
 逮捕されたという男の名前を聞いたとき、何となく覚えがあるような気がした。

(何だっけ……。ていうか、何してたんだっけ)

 やけに息苦しさを感じて顔に手をやると、硬い感触があった。
 口元を覆っていた酸素マスクを外し、深く息をつく。
 気だるい身体を起こしてあたりを見回した。

「ここは……」

 白色の清潔な明るい空間。光が眩しい。
 どうやら俺は病室のベッドの上にいるようだった。

 そこでようやく、自分の身に起きたことを思い出す。
 はっと息をのんだとき、ずき、と胸から腹にかけて鈍い痛みが走った。
 とっさに手で押さえる。

「……っ」

 まだ傷は全然()えていないけれど、こうして無事だったことに我ながら驚いてしまう。

 あのとき、意識が遠のく中で痛みすら感じなくなって、さすがに死を覚悟した。
 それだけに、実はいま死後の世界にいるんじゃないかと一瞬よぎったが、響いて止まない激痛がリアリティを訴えている。

『……は、警察の調べに対し“殺すつもりで刺した”などと供述し、容疑を認めているということです。警察はさらに余罪についても捜査を進めています』

 流れっぱなしになっていたニュースの方へ意識が向く。
 ずきずき、じくじく、刺された傷が(うず)いた。

『また、今回の刺傷(ししょう)事件で、意識不明となっていた男子大学生の病室に無断で侵入し、殺害を試みたとして現行犯逮捕された藤井由乃容疑者とは、共犯関係にあったと見られています。藤井容疑者は自身の犯行について“間違いありません”と容疑を認めている一方で、共犯関係については否認しているということです』

 見知った名前が淡々と読み上げられ、衝撃に打ちのめされる。

(由乃……?)

 彼女とは別れたきり連絡も取っていなかった。
 しかし、最近になってSNSを特定されただけでなく監視してくるようになって、不気味さというか軽い恐怖を覚えていたところだった。
 親友である翔太には、誤魔化しきれずに相談していたほど。

 昏睡状態にある間に、まさか殺されそうになっていたなんて。
 だけど、どういうことなんだろう。
 いまさらストーカーと化したというのもおかしな話だし、恨まれるような覚えもない。

 それに、そもそも最初に俺を刺したのは────報道の通り若い男だった。