西垣くんが動きを止めた。
さすがに予想外だったのか、口を開けたまま押し黙っている。
「厳密には“記憶”って言うより、それこそ“残留思念”なんだと思う。触れた相手のわたしに対する想いとか思い入れとか感情とか……そういうのがぜんぶ消えて忘れられる」
「そんなの……惨すぎるだろ」
やがてぽつりとこぼされたひとことは虚空に溶けた。
改めて言葉にしてみると、自分でも苦しくなってくる。
だけど、割り切れなくても覚悟を決めるしかないような状況に置かれているのは確かだった。
このままだと西垣くんが捕まってしまう。
それは彼の人生が狂うだけでなく、真相が闇へ葬られることを意味していた。
「警察もあてにできないんだもんな。莉久が目覚める可能性に賭けて、暢気に構えてる余裕はない」
「そう……。だからわたし、莉久に触れようと思う」
西垣くんと顔を合わせた時点で、そう言おうと決めていた。
きっと、それ以外に真実へたどり着く方法はないから。
「え、ちょっと待って。嘘だよな? そんなことしたら莉久に……」
「忘れられちゃうね。でも、わたしはぜんぶ覚えてるから。絶対忘れない」
「だけどさ、そんなのって……あんまりじゃん」
「そうだね、本当に。救いようがない。それでもわたしは決めたの。自分じゃなくて莉久のことを一番に考えたい。いままで、ずっと莉久がそうしてくれてたみたいに」
代償と天秤にかければ、迷うまでもなく切り捨てるべき選択肢。
だけど、すべてを知るために芽生えた能力なのだとしたら────。
迷いも葛藤もわたしのわがままでしかない。
真相を明らかにするべきだ。
莉久の無念を晴らすためにも、彼にとって大切な親友である西垣くんを救うためにも。
わたしという存在が莉久の中から消えるのは、必ずしも不幸とは言えないかもしれない。
根本から抹消されるなら、最初からなかったことになるのなら、未練も絶望も生まれないから。
わたしたちが出会っていなかった、あの頃へ戻るだけだ。
「でも……!」
何度目かの“でも”を繰り返した西垣くんは、けれど先を続けられないで苦しげに口を結ぶ。
さすがにこれ以上何を言ったところで、わたしの決断は覆らないと察したみたいだ。
不安や不満の滲む表情でうつむく彼に、思わず小さく笑った。
「ありがとう。西垣くんがそこまで思ってくれてるだけで、何か救われた」
「紗良ちゃん……」
思い返してみても、彼はこれまで莉久やわたしのことを心から思いやってくれていたような気がする。
弱いばかりに自分本位な嘘をついたりもしたけれど、その思いやりには一時も偽りなんてなかった。
「ひとつだけ、お願いがあるんだけど」


