この世界からきみが消えても


「そう……そうだよ、ちがうんだよ。俺がやるわけない」

 何度も頷きながら強く繰り返し、ふいに力が抜けたみたいに背もたれに沈んだ。
 うつむいて深く息を吸うと、噛み締めるように言う。

「……ありがとう、信じてくれて」

 実のところ、かなり追い詰められて焦っていたんじゃないだろうか。
 本来頼れるはずの警察に一様に疑惑を向けられ、無実を証す根拠も自分の中にしかなくて。

 ふと、正木さんの言葉が頭をよぎる。

 ─────ここまでの証言と目撃情報からして、西垣はかなり黒い。偽証も明らかになったことですし、間もなく犯人として逮捕されるかと思います。

 このまま彼が捕まってしまえば、藤井さんともども“身代わり”にされる。
 真犯人が逃げおおせる。

 もう、あとがないんだ。
 莉久が目覚める希望を諦めたくはないけれど、悠長に待っている余裕はない。

 思わずきつく両手を握り締めたとき、西垣くんが顔を上げた。

「でもさ、何で? 何で俺の言うこと信じてくれたの?」

 彼にしてみれば当然の疑問だろう。
 願ってもみないけれど、同時に不思議でもあるはず。

「確かに言葉だけだったら迷ってたかもしれない。でも、わたし……」

 一度、口をつぐむと目を落とした。
 西垣くんこそ信じてくれるだろうか。いや、信じてもらうしかない。
 テーブルの上で手を組み、意を決して顔をもたげた。

「実は、事件のあとから不思議な能力を使えるようになったの」

 思わぬ言葉だったようで、彼は困惑気味に目を(しばたた)かせる。

「不思議な能力?」

「うん。触れたものからヴィジョンを見る……“サイコメトリー”ってやつ」

 突拍子もない話をしている自覚はあったものの、紛れもない事実なのだから仕方がない。

 衝撃を受けた様子でほうけていた西垣くんは、卓上に並んだ私物とわたしの間で視線を行き来させ、ようやく我に返った。

「じゃあ、さっき触れてたのは……」

「そう、情報を読み取った。それで確信できたの。西垣くんは犯人じゃない、って」

 マジかよ、と掠れた声で呟くと、じっとわたしを見つめてくる。
 やっぱり信じがたいだろうけれど、衝撃を受けつつも即座に笑い飛ばすことなく取り合ってくれた。

「え、でも……じゃあ、莉久に触れればいいんじゃないの? 人に触れても読み取れるんだろ? そしたら犯人分かるじゃん」

 案の定と言うべきか、投げかけられたのは真っ当な提案だった。
 眉を下げつつ肩をすくめる。

「そうなんだけど……人に対してサイコメトリングするには代償が必要で」

「何それ。どんな?」

「相手の中にある、わたしにまつわる記憶が消える」