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 今日は午前で終わりということもあり、大学をあとにすると西垣くんとともに病院へ向かった。

 昨日のように追い返されて会えない可能性はあるけれど、このまま帰っても息苦しいだけだ。
 動かずにはいられなかった。

 廊下を歩いていると、莉久の病室の手前に人影がふたつ見えた。
 スーツ姿の男の人と警察官が何やら話している。

 前者には見覚えがあった。
 昨日、病室へ来た刑事さんだ。

 彼の方もわたしたちの気配に気づいたのか、こちらを向くと「あ」という顔をした。
 警察官との話を切り上げて歩み寄ってくる。

「どうも。お見舞いですか」

 昨晩のように、一見親しげながら線を引くような態度だった。
 笑みを浮かべてはいるものの、端々まで観察されているような居心地の悪さを覚える。

「そんなところです。莉久、まだ目覚めないんですか?」

「ええ、そうみたいですね」

 西垣くんにそう返した彼は「ああ」と思い出したように声を上げる。

「申し遅れました。わたし、今回の事件を担当している正木(まさき)といいます」

 取り出した警察手帳を提示しながら、朗々と名乗った。

 ドラマや映画でしか見たことのない代物に思わず釘づけになる。
 本物の刑事。本物の事件。その渦中(かちゅう)に放り込まれた。
 フィクションじゃないんだ、と現実の重みがのしかかってくる。

「せっかくなので、少しお話しませんか?」

「え……」

 警戒心を全面に押し出した声がこぼれてしまった。
 けれど、想定通りの反応なのか正木さんは動じることなくにっこりと微笑む。

「そう身構えないでください。ほんの雑談です」

 彼に促され、ふたりして廊下の端の長椅子に腰を下ろす。
 そばへ座った正木さんと緩やかに向かい合う形になった。

「おふたりは高原(たかはら)さんとどういったご関係で?」

「莉久とは友だちです。高校のときからずっと」

 西垣くんの(よど)みない答えを、正木さんはいつの間にか手にしていた手帳にメモしていく。
 雑談と言いながら事情聴取の一環なのだろう。

 彼の鋭い眼差しがわたしに向けられた。

「わたしは……同級生です。学部が同じで」

「同級生、ですか」

 何となく怯んでしまい、恋人だとはっきり答えられなかった。
 それさえ見透かしたみたいに意味ありげに繰り返され、気後れしつつも小さく頷く。

 西垣くんが窺うようにわたしを見たものの、わざわざ訂正したり補足したりすることはなかった。

「ちなみにお名前は?」

二見(ふたみ)です。二見紗良」

「二見さんね。一応伺いますが、おふたりは昨日の18時半から19時半の間、どこで何してました?」