彼を押しのけて行こうとしたのに、逆に上腕(じょうわん)を掴まれる。
 その肩越しに見送るほかなく、あまりのもどかしさに唇を噛んだ。

 やがて彼女が見えなくなると、恨めしさからつい西垣くんを()めつける。

「何で止めるの」

「そっちこそどうしたんだよ。なに焦ってんの?」

 戸惑いをあらわに手がほどかれる。

「だって……!」

「冷静になれって。あいつ、莉久の首絞めようとしてたんだぞ。ほかに凶器でも隠し持ってたらどうする? 自棄(やけ)になって、紗良ちゃんに襲いかかってたかも」

 返す言葉もなくて、きつく口を結んだ。

 彼が心配してくれていることは承知しているし、その危機感は正しいと分かっている。
 だけど、それでもどうしたってやりきれない。

 真相へたどり着く最大のチャンスだったのに、みすみす棒に振った気分だった。

 そこで、はたと思い出したかのように心臓が冷える。
 息をのんできびすを返した。

「莉久……っ」

 彼は無事だろうか。
 心の中を直接かき回されるような憂いが膨張していく中、病室へ帰り着くと駆け込んだ。

 状態を確かめてくれていたのだろう看護師さんがひとり、ベッドの傍らに立っている。
 わたしに気がつくと、聴診器を外しつつ微笑んだ。

「大丈夫ですよ、脈拍も正常です。大事に至る前に気づいてくれたお陰で間に合いました」

 それを聞いた途端、強張りがほどけて膝から崩れ落ちそうになった。
 たたらを踏んで「よかった」と深く安堵の息をつく。

 本当によかった。
 何事もなく、無事でいてくれて。

 ────看護師さんが出ていくと、病室には莉久とわたし、西垣くんが残った。
 窓際に立っていた彼が訝しげにこちらを向く。

「……ねぇ、さっきはどうしたの?」

 藤井さんに触れようと躍起(やっき)になっていたことを、改めて疑問に思った様子だ。
 わたしは莉久に目をやったまま膝の上で拳を作る。

 油断していた。
 真犯人が明確な悪意や殺意を蓄えていながら仕損じたことを思えば、莉久の居場所を特定し次第、とどめを刺しにくるリスクはずっとあったはずなのに。

 だけど、少なくとも今回のことに関しては藤井さんの意思ではないだろう。

「わたし、やっぱり藤井さんが真犯人とは思えないの」

「え?」