はっとして病室へ飛び込んだ。
彼の意識が戻ったのかと、ついに起きてくれたのかと心臓が高鳴る。
だけど、目に入ってきたのは信じられない光景だった。
「藤井さん?」
うごめいた人影の正体は彼女だった。
眠る莉久の首に両手をかけたまま、わたしたちを見つめて呆然と硬直している。
その瞳はおののきと動揺で揺らいでいた。
「何、を────」
しているのか。するつもりだったのか。
想像することさえ恐ろしくて、驚愕と衝撃に支配された脳は完全に思考停止状態だった。
混乱が突き抜け、言葉を失って動けないでいるうちに再び藤井さんが動く。
「……っ」
弾かれたように床を蹴り、わたしや西垣くんを押しのけて病室を飛び出していった。
「おい、待てよ!」
ひと足先に衝撃から立ち直った西垣くんが、慌ててそのあとを追う。
わたしも気づいたら走り出していた。
突き飛ばされた勢いで壁に打ちつけた背中の痛みも一切感じないまま。
廊下に出たはいいものの、左右を見回してもどちらの姿もない。
どこへ行ってしまったんだろう。
そう思ったとき、悲鳴にも似た甲高い声が響いてくる。
「いや! 離して!」
藤井さんだ、と思った頃には再び駆け出し、角を曲がっていた。
警備員に取り押さえられて暴れる彼女と、それを慎重に眺めている西垣くんが目に入る。
「西垣くん!」
「あ、ああ……」
ふと我に返った様子だった。
ただ事じゃない事態を察したのか、彼が示したのか分からないけれど、警備員が先んじて動いてくれたのだろう。
近くで待機していたらしい警察もすぐに駆けつけ、間もなく藤井さんは大人しくなった。
抵抗を諦めたように見えるものの、その表情は強張ったまま。
うつむきながら連行されていく背中を認め、わたしは慌てて踏み出した。
「待って……」
吸い寄せられるように手を伸ばす。
触れなきゃ────その一心に突き動かされていた。
行方を晦ませたと思っていた彼女がまさかここに現れるなんて思わなかったけれど、恐らくこれが最後の機会だ。
いまを逃して藤井さんが捕まりでもしたら、きっと二度と会えない。
真実が分からなくなる。
「待って、藤井さん!」
「紗良ちゃん」
半ば取り乱しながら駆け寄ろうとしたものの、西垣くんに行く手を阻まれた。
その間にも彼女はどんどん遠ざかっていく。
「待ってよ!」


