「気分転換だって。それに夜道は危ないからさ。ちゃんと紗良ちゃんのこと送り届けないと、俺が莉久に怒られるし」
「何それ」
思わずくすりと笑うと、西垣くんも冗談めかした様子で笑った。
いつもみたいに調子がいいけれど、笑顔の影にどことなく垣間見えるわずかな焦り。
気づいてしまったそんな違和感を無視できるほど、鈍感にはなれなかった。
◇
宣言通り、西垣くんはわざわざ家の前までわたしを送ってくれた。
思いのほか律儀な一面を知って正直見直した。
適当に夕食を作ろうと、冷蔵庫の中を物色する。
その傍らで、莉久の持ちものからサイコメトリングした残像について思い返していた。
(スマホと指輪以外からは、何のヴィジョンも浮かんでこなかった)
読み取れるものとそうでないもののちがいは何だろう、と考えてみると、そう時間をかけることなく自ずとひらめくものがあった。
触れた対象に“思念”が残っていないとだめなんだろう。
いわゆる残留思念というそれがなければ、ただの空っぽな無機物でしかないから、触れたところで意味がない。
だから、藤井さんの免許証なんかからも何も読み取れなかった。
それから、この力を発動するにはもうひとつ条件があることに気がついた。
それは、わたしが“知りたい”と望むこと。
サイコメトリングできたときは、例に漏れずそうだった。
仮に残留思念があったとしても、その意思がなければヴィジョンは浮かんでこない。
そういう意味では、任意で発動できるということになるから、人に対して能力を使ったところで暴発する可能性は低い。
そこまで考えたとき、ふと昼間の出来事が蘇ってくる。
頭の中で藤井さんが叫んだ。
『お願い! もう関わらないで』
金切り声にも似た懸命な拒絶を受け、かえってどうしても放っておけなくなってきた。
当初彼女に向けていた疑惑は、突飛なものではなかったのだと思い知る。
誰かに脅されているのだとしたら────彼女が実行犯だとしても、免許証の本来の持ち主が黒幕だとしても、藤井さんなら何らかの事情を知っているにちがいない。
あくまでしらを切り通すつもりなら、わたしも覚悟を決めるしかない。
忘れられても構わないと割り切り、彼女自身にサイコメトリーを使うほかないだろう。
(明日、もう一度会いにいこう)


