そのことを未だに気にしていたなんて意外で、一拍のちに気づいたら笑っていた。
 いや、いまのいままで意識の内にはなくて、病室で莉久といるわたしを見て思い出しただけかもしれないけれど。

「いいってば、もう。無理もないっていうか、西垣くんにしてみれば当たり前だったと思うし」

 そう言うと少し気が抜けたのか、ややあって彼も表情を緩めた。

「あ、どうぞ」

 病室の方を示して譲る。
 わたしも外で待っていようかと思ったけれど、西垣くんは「紗良ちゃんも」とさも当然のように促した。

 中に入ると、彼はベッドの傍らにある椅子に腰を下ろした。
 扉を閉めてから、少し離れた位置に立っていることに決めたわたしは彼らをそれぞれ眺める。

「今日はどんな感じ?」

 莉久に目をやったまま尋ねたから、彼に声をかけているのかと思った。
 けれど、西垣くんはそれからふとこちらを向く。

「あ……特には」

「変わらず、か。よくも悪くも」

 目を戻しつつ呟いたきり、しばらく口を開かなかった。

 莉久を見つめるその横顔は、険しいようにも憂うようにも見える。
 いずれにしても、明るくてお調子者といったような普段の西垣くんからはほど遠い。

「ごめんな、莉久」

 ふいにこぼされた声は少し掠れていたものの、はっきりとわたしの耳にも届いた。
 思わずはっとすると、西垣くんはうつむきがちに言葉を繋ぐ。

「まさか、こんなことになるなんて……」



 病室を出ると、帰路につくためふたりで廊下を歩いていく。

 途中、すれ違った人や看護師さんを目にする傍らで、何となくみおちゃんのことが意識の真ん中に浮かび上がってきた。
 そういえば今日は見ていない。
 それは、彼女がわたしを忘れてしまったからなんだろうか。

 とんだあと出しの、そして救いようのない代償だと改めて思う。
 この力を利用して知れたことも少なくないけれど。

「ねぇ、さっき何を謝ってたの?」

 ふと思い出して、気づいたら口をついていた。
 病室で彼が口にした謝罪の言葉が何だか引っかかっている。

「え? いや、別に……」

 あからさまに誤魔化すような返答だったけれど、それ以上食い下がってもまともに答えてくれそうな気配はなかった。
 ひと目でそれが分かるほど、いま西垣くんが(かく)した壁は厚い。

 そのうちに病院を出ると、沈みかけの日であたりは薄暗い色に染まっていた。

 駐車場へとさしかかるも、彼が足を止めることはなかった。
 普段からバイクに乗ることが多いから、ここへもそれで来たのかと思ったのだけれど。

「あれ、西垣くんもバスで来たの?」

「うん、まあ。たまにはね」

「ていうか、最近乗ってないんじゃない?」

 そう思ったのは、彼のSNSでバイクに関する投稿が減ったような気がしたからだ。
 いままでは頻繁にツーリングに行っていたみたいだし、学校にバイクで来ることもあったのに、思えば近頃はめっきり見なくなった。