つい手を伸ばしかけ、思い直して止まる。

 ほんの直感に過ぎないけれど、何となく触れるのはあとに回した方がいいような気がした。
 事件当日のものだから、鍵を握っている可能性が高い。

 そんな考えから、まずはスマホを手に取った。
 試しに電源ボタンを押してみるけれどバッテリーは切れている。

(でも、中身以外から知れることがあるはず)

 そのための力だと言うのなら、可能な限りぜんぶ知りたい。

 そう願ったとき、ふいに静電気が起きたみたいにてのひらが痺れた。
 意識を裂くようにヴィジョンが流れ込んでくる。

 ────夜の住宅街。
 どん、と衝撃を受けたかと思うと莉久が倒れ込んだ。
 その勢いで持ちものが地面に散らばる。
 誰かとぶつかったか、突き飛ばされたような感じだった。

 ふっとランプが消えたみたいに映像が途切れる。
 スマホから読み取れるのはここまでらしい。

(いまのは……事件のあった日なのかな?)

 前後の文脈が分からず、どう受け取るべきか迷ってしまう。
 重要な情報ではあるのだろうけれど。

 そんなことを考えながら、教材や財布などほかのものにも触れてみたけれど、何かを読み取れそうな気配はなかった。
 藤井さんの免許証に触れたときと同じだ。

 最後に残った紙袋を手に取る。
 中には小さな箱が入っていた。

 そっと慎重に、壊れものを扱うみたいな手つきで取り出してみる。
 リボンのついたレザー調の箱を開けると、中には指輪が鎮座していた。

 華奢(きゃしゃ)なハートの横にダイヤモンドに似た小粒の石が煌めく、ピンクゴールドのリング。
 曲線がフェミニンな印象で、控えめながら存在感のある代物だった。

 きゅ、と胸が締めつけられる。
 ひとえにわたしを想って選んでくれたことを含めて愛しくて、彼を振り返ると歩み寄った。

「ありがとう……。ありがとう、莉久。嬉しいよ、すごく」

 噛み締めるように心から告げる。

 喉の奥で涙の気配がして、慌てて唇を噛むと笑ってみせた。
 ぎこちないことを自覚しながら、一度深く息を吸って天井を仰ぐ。

 そっと箱の蓋を閉め、目を閉じる。
 思わず両手に力を込めながら、祈るように胸に近づけた。

(お願い、教えて。何があったのか……)

 手の内でひらめいた光が、そのまま頭の中を照らすような幻を見た。
 明瞭(めいりょう)な輪郭にふちどられた、鮮やかな光景がぶちまけられる。

 ────紙袋を()げた莉久が、日の暮れた街中を歩いていく。
 漂い始めた夜の暗さをかき分けるような軽い足取りだった。

 角を曲がると、ひとけのない通りに出る。
 そのとき、ふいに真横から誰かの手が伸びてきた。