そんな期待半分、緊張半分でどきどきしていたけれど、いくら待ってみてもヴィジョンは浮かんでこない。

(あれ……?)

 触れ直してみたり裏返してみたりと色々試してみたものの、サイコメトリングができそうな手応えはなかった。
 いつでも発動できるというわけじゃないのだろうか。
 ものによっては、無効だったりもするのかもしれない。

「何してんの? 紗良ちゃん」

 西垣くんの声で我に返ると、ふたりに怪訝な眼差しを向けられていることに気がついた。
 (はた)から見たら当然のリアクションだろう。

「な、何でもない。ごめんね」

 適当に誤魔化しつつ、免許証とハンカチを藤井さんに返した。

 あのとき、莉久の家から回収したものがこれだという言い分には納得できないけれど、残念ながらそれを覆すほどの根拠も提示できない。

 西垣くんも同じだったのか、不服そうな表情で後頭部を掻いている。
 ひどくもどかしそうだった。

 一方、藤井さんは落ち着いた雰囲気でこちらに向き直る。
 釈然としないわたしは、危うい局面を乗り切って安堵しているんじゃないか、なんてひねくれた見方をしてしまう。

「ハンカチ、ありがとう。……彼の家にあるリップのことだけど、あれはもう大丈夫だから忘れてください。では」

 軽く会釈を残し、藤井さんはそそくさと背を向けた。
 さっと風が起きてその髪がなびく。
 思わず、半歩踏み出していた。

「待って。だけど……」

「お願い! もう関わらないで」

 突然張られた声にびっくりして、金縛りにでも遭ったみたいに動けなくなる。
 遠ざかっていく彼女をただ見送ることしかできない。

 周りの学生たちが何事かと振り返ってこちらを眺めていた。
 お陰で我に返っても、好奇(こうき)の目が居心地悪くて追いかけられなかった。



「見た?」

 大学を出て駅へと向かう道中、わたしはおもむろに尋ねる。

「ん? 何を?」

「藤井さんの首。……痣があった」

 素早くきびすを返した折、髪で隠れていたその首が瞬間的にあらわになった。
 そこに、赤紫色っぽい痣が見えたのだ。

「マジで? 俺は分かんなかった」

「一瞬だったもんね。DVか、それか親からって可能性もあるのかな……」

 場所が場所なだけに自ら怪我をするとは考えにくいし、誰かに脅されている可能性が真実味を帯びてきた。

 以前見たヴィジョンで、頬をハンカチで押さえていたのは、泣いていたかあるいは腫れた部分を冷やしていたのかもしれない。

「紗良ちゃんがさっき言ってたこと、例の免許証が男のやつだったとかってのが本当なら、何となく藤井さんの意図が分かってきた気がする」

「うん。あの反応からしても嘘ついてるのは間違いないだろうし、たぶんそれは誰かを庇ってるからなんだろうね」