バッグから例のハンカチを取り出した。
それを目にした彼女は、はっとして目を瞬かせる。
「それ……」
「やっぱり藤井さんのだよね。今日はこれを返しにきたの」
そう言って差し出すと、ほっと息をついたのが見て取れた。
受け取ろうと彼女が触れた瞬間を見計らい、わたしは力を入れて阻む。
「ねぇ、誰かに脅されてるの?」
藤井さんから目を離さないまま尋ねると、弾かれたように顔を上げた。
驚愕に見張った瞳が揺れている。
明らかに動揺していた。
最初にこのハンカチに触れたとき、見えたのは怯える藤井さんのヴィジョンだった。
だからこそ“もしや”と何となく引っ提げていた推測をぶつけたのだけれど、いまの彼女の反応でほとんど確信に変わった。
「どうして……」
「あのとき。免許証の写真、見えたのは一瞬だったけど男の人だったと思う」
直接は答えないまま、ずっとはびこっていた違和感を口にする。
それもあって、あくまで自分のものだと言い張ることが腑に落ちなかった。
だけど、彼女が誰かに脅されているのだとすれば頷ける。
ハンカチから読み取った情報とあわせて考えると、相手はその免許証の持ち主ではないだろうか。
「男?」
驚いたように呟いた西垣くんが、素早く藤井さんに迫る。
「なあ、それ俺にも見せて」
「えっ? いや、でも……」
「いいから! 頼む」
案の定、藤井さんは逡巡して渋ったものの、彼の勢いに圧されたのか観念したようだった。
諦めからかため息をつき、バッグの中から財布を取り出す。
そこから抜き出した免許証を西垣くんに差し出した。
「これ……」
半ばふんだくるように手に取った彼は、一見して眉を寄せる。
わたしも覗き込んでみると、それは目当ての代物ではなく藤井さん自身のものだった。
「ちがうって。だから、これじゃなくて」
「ううん、これしかない。高原くんの家から持って帰ってきたのは、正真正銘わたしの免許証だよ」
「でも────」
「貸して」
苛立ちをあらわにする西垣くんの手から免許証を取り、両手で包むように持ってみる。
わたしが藤井さんに会いにきた理由はこれだった。
あのハンカチみたいに、何か彼女の持ちものに触れれば見えてくる情報があるのではないかと期待していた。
そうすれば、きっと藤井さんのついた嘘が分かる。
隠したかった秘密が見えてくる。
いまだって本当のことを言っているのか、聞くより“見る”方が早い。
どんなもっともらしい主張を並べ立てようと、この能力の前では無意味な妄言でしかなくなる。


