そう声をかけると、顔をもたげた彼が「おー」と声を上げる。
「おはよ。莉久のお見舞い行った?」
「うん、もう毎日。……家にも行ったよ」
そう答えながら隣の席に腰を下ろす。
彼がついていた肘を下ろし、少し前のめりになったのを視界の端で捉える。
「西垣くんに言われた通り部屋を調べてみたけど、藤井さんの言う“忘れもの”はどこにもなかった」
「へぇ、じゃあやっぱ嘘ついてたんだ」
さして驚いた様子もなく、彼は結論を口にする。
「そもそも、莉久の家じゃなくて別の場所にあるのを思いちがいしてるって可能性ももちろんあるけど……」
「だとしても、嘘ってのは確かだろ。免許だけ取って帰ったんでしょ? 不自然だし説明がつかないじゃん」
それに対しては同感だし反論の余地もない。
自ずと落ちた沈黙を周囲の喧騒が埋める中、おもむろに西垣くんが口を開く。
「警察はそのこと?」
たぶん、ととっさに答えかけたものの、すんでのところで口をつぐむ。
正木さんたちもきっと掴んでいるだろう、と何となく高を括っていたけれど、実際にはどうなんだろう。
そうでもないのかもしれない、とふいに思った。
手がかりが乏しいという話でもあったし、惜しげもなくわたしに色々教えてくれたのが、少しでも情報を求めていたからだったとしたら。
「……分かんない。やっぱり言っておいた方がいいよね」
「いや」
やけに慎重な、そして真剣な声色で“否”を示される。
思わぬ反応だった。
つい戸惑いを隠せないでいると、そんなわたしの視線に気がついた西垣くんは繕うようにちょっと笑った。
「怪しいは怪しいけど、大した情報じゃないと思うし。余計なこと言って捜査に支障が出ても困るじゃん」
藤井さんや免許証に関する情報は、捜査の邪魔になったり推理を濁したりするようなノイズになりうるだろうか。
何となく腑に落ちない。
「警察も藤井さんのことはとっくに睨んでるでしょ。言ったってどうせ、その疑いを補強する程度にしかならないって」
「そう、かな?」
「そうだよ。とりあえず様子見た方がいい」
証言することに何だか否定的な西垣くんに気圧され、わたしは「分かった」と頷く。
事件の全貌を暴くことに対して、意欲的かつ一辺倒な姿を実際目の当たりにした以上、何だか彼の意見には説得力があった。


