そもそもわたしが莉久に手をかけるわけがない、という自分の中での前提はこの際置いておく。
それでも、わたしはその時間、バイト先である洋食屋で働いていたし、それは店内のカメラ映像だったり同僚や店長の証言だったりで裏が取れているはず。
帰途についた時間帯も、バスに乗ったときに使った交通系ICの記録が裏づけている。
だけど、そんなアリバイは、あくまで実行犯ではないという証明にしかならないんだろう。
そして、藤井さんもまた言うまでもなく容疑者に含まれている。
正木さんの口ぶりからして、少なくともまったく犯人に見当がつかないというほどの状態ではないことを悟った。
いずれにしても、わたしが莉久に触れれば真相が判明する可能性は大いに期待できる。
というか、それに懸けたい。
「あ、どうか気を悪くしないでくださいね。疑うのが仕事なんです」
「……分かってます。すみません」
期せずして投げかけられたフォローによって、わたしの直感は肯定された。
目を伏せたまま立ち上がると「失礼します」と背を向ける。
「二見さん」
思いがけず呼び止められ、足を止めて振り向く。
「犯人を見つけ出し、事件を解決したいと我々は考えています。高原さんのためにも……。その気持ちは二見さんと同じです」
はっとするほど真剣な眼差しで、正木さんは静かに言ってのけた。
溶けない雪のように積もって響く。
敵じゃない、と言われているような気がした。
莉久の病室へ戻る途中、廊下を歩く小さな人影を見つけた。
みおちゃんだ、と気づいて歩み寄ろうとしたものの、何だか様子がおかしい。
うつむきがちに少しふらついていて、おぼつかない不安定な足取りだった。
「みおちゃん、どうしたの?」
慌てて声をかけると、はっと顔を上げる。
おねえちゃん、と呟いた彼女は真っ青な顔色で、目には涙を溜めていた。
「ママが……。ママ、が……」
言い終わらないうちにみるみる涙があふれ出し、声が嗚咽に変わる。
突然のことにうろたえてしまいながらも、そっと肩に手を添えた。
「何があったの?」
その瞬間、てのひらに痺れたような衝撃が走る。
────病室のベッドに横たわる女の人。
苦しそうに顔を歪めて胸元を押さえる彼女の元へ、扉からなだれ込んできた医師や看護師が駆け寄る。
そのまま廊下を慌ただしく運ばれていく様子が、怒涛の勢いで頭の中に流れ込んできた。
(……いまの、みおちゃんのお母さん?)


