愕然(がくぜん)と足元が揺らぎ、目眩を覚えた。
 酸素の薄さを感じながら、受け止めきれない現実の波に飲み込まれる。

「そんな」

 理解も感情もとても追いつかない。
 信じられないのに、先ほど病室で見た莉久の姿がわたしの意識を捉えて離さない。

「犯人は?」

「まだ捕まってない。事件性があるって方向で捜査するみたいだけど、それ以上は」

 強い恐怖と、怒りや悲しみを混ぜたような暗色が心を染めていく。
 濁って重く沈んでいく。

「……会いにいくって言ってたのに」

 この状況をまるごと拒絶したくてそう口にしてみたけれど、逆効果だった。
 喉の奥が締めつけられてゆらりと視界が揺らめく。

 慌てて指先で拭うものの、きっと西垣くんには気づかれてしまっただろう。
 少しの間、口をつぐんでいた彼はやがて控えめに切り出す。

「あのさ……実は、倒れてる莉久のそばに花束とケーキが落ちてた。花は折れてケーキもぐちゃぐちゃに崩れちゃってたけど、もしかして今日って────」

「誕生日。……わたしの」

 そう答えると、彼は瞳を揺らがせた。
 言葉を探すような間があってから、見つからなかったのか控えめに目を落とす。

「やっぱそっか」

 わたしも顔を上げられないまま「うん」と頷いて返した。

「災難、どころじゃないよね。誕生日にこんなの」

「誕生日じゃなくてもだよ。何でこんなことに……。どうして莉久が?」

 答えなんて分かるはずもなければ、西垣くんが持ち合わせているわけもないのに、どうしたってそうぶつけないと耐えられなかった。

 どうして、莉久がそんな目に遭わなきゃならなかったのだろう。
 いったい彼の身に何があったというのだろう。



     ◇



 部屋の中を青白い朝の色が満たしていた。
 結局一睡もできないで、ソファーで横になっているうちに夜が明けたみたいだ。

 西垣くんからも病院からも連絡はなく、依然として莉久は昏睡(こんすい)状態にある。

 気力は湧かないものの、ひとりでいると悪い想像ばかりが膨らんでいくから学校へ行くことにした。

『続いてのニュースです』

 支度を整えていると、何となくつけていたテレビから無機質なアナウンサーの声が流れてくる。

『昨日午後7時半頃、路上に人が倒れていると通報が入りました。病院へ搬送されたのは20代の男子大学生で、胸や腹部などに刃物で刺されたような傷があり、血を流して倒れていたということです』

 はっと顔を上げて、画面に釘づけになる。

(莉久の……)