そうは言っても、犯人があえて莉久を恨んでいたなんて口にするはずがないだろう。
 きっと正木さんも承知の上なのだろうけれど。

「じゃあ、通り魔とか……?」

「可能性は否定できません。その線でも捜査を進めています」

 もしそうなのだとしたら、なんて不条理なんだろう。
 いっそうやるせない思いが強まる。

「いずれにしても、命だけでも助かったのは奇跡だと思います。それくらい執拗(しつよう)に刺されてたので」

 ぞっと肌が(あわ)立ち、いまになって怯んでしまう。
 何かひとつでも噛み合わなければ、彼はもうこの世にいなかったかもしれないんだ。

 刺された位置がほんのわずかにでもずれていたら。
 西垣くんによる発見が一歩でも遅れていたら。
 ここでもまた、そんな偶然が重なって奇跡を生み出しているみたいだった。

 けれど、莉久がこんな目に遭ったことは必然なわけがない。

「……発見場所って、確か大通りの近くだったんですよね。防犯カメラとかなかったんですか?」

「そうなんですがね、現場は人通りの少ない裏路地だったので、カメラや目撃情報があてにならないんです」

「そんな……」

「高原さんの姿が最後に確認されたのは18時半頃、場所は現場付近のアクセサリーショップです。店員に話を聞いたところ、ひとりで来店して女性用のアクセサリーを購入していったそうですが、恐らく誰かへの贈りものでしょうね」

 どきりとした。
 心当たりがある上に、誰か、の部分で正木さんが意味ありげな視線を寄越したからだ。

 だけど、本来の関係について補足することも失念(しつねん)するほど、わたしは感情を揺さぶるような衝撃に明け暮れていた。

(プレゼント……)

 わたしを想って選んだそれを持って、会いにきてくれようとしていたところを襲われたんだ。
 不意を突くような形なら、呼び出しに応じたとかいうわけでもなく、ずっとつけ狙われていたのかもしれない。

 同時にひとつ腑に落ちた。
 最初にアリバイを尋ねられたとき、18時半から19時半という時間を提示されたのはそういうことだったんだ。

 アクセサリーショップを出て通報が入るまでのその空白の時間で、莉久は犯人の魔の手にかかった。

(……そういえば)

 はたと思い至る。
 あの日、莉久から届いていたメッセージはどのタイミングで送られてきたものだったんだろう。