そのことには驚かない。
 むしろ当たり前だと反射的に思ったほど、莉久は誰に対しても人当たりがよくて優しい。

 他人と比べたりひけらかしたりするものではないけれど、それでも自慢の彼氏だと胸を張って言える。

「……少し、出ましょうか」

 温和な態度で控えめに促される。
 それが“雑談”に代わる誘い文句だと察しつつ、捜査への協力を惜しむ理由はないので素直に従った。

 廊下の突き当たりにあるラウンジへ出ると、その一席でテーブルを囲む。
 大きな窓から採光(さいこう)した、明るくひらけた空間だった。

「大丈夫ですか」

 思わぬひとこと目に、驚いて「え」と掠れた声がこぼれる。
 前回から一転して同情的な眼差し。
 まさか心配されるなんて思わなかった。

「……大丈夫です。わたしなら全然」

 平気じゃなくても、そう聞かれると不思議と強がってしまう。
 だけど、いくらか気力を取り戻したのも事実だった。

 それはよかった、と大して思っていないような調子で正木さんが相槌を打つ。

「今日はですね、高原さんについて聞かせて欲しいなと思いまして。交友関係がどうだとか、何かトラブルはなかったかとか、二見さんから見た率直な印象を教えてください」

 言いながら黒い手帳を取り出し、無駄のない動きでペンを構える。
 もはや事情聴取であることを誤魔化す気もないみたい。

「交友関係、は……そこまで知り尽くしてるわけじゃないので有益なことは言えないんですけど。普段、学校ではわたしや西垣くんと過ごすのがほとんどでした。でも、ほかの友だちとも挨拶したりしてたから顔は広いと思います」

 一緒にいるときでも、彼に声をかけたり手を振ったりする人たちを複数目にしてきた。

 普段からつるむほどじゃないけれど、それなりに友好的な関係を保っているような友人はわたしにもいる。
 だけど、だからこそ関係の深さは一見して分からない。莉久の場合は尚さら。

「なるほど、人間関係は(おおむ)ね良好ですか。じゃあトラブルなんかの話は……」

「聞いたことないです。莉久とは喧嘩になったこともないし、そもそも誰かと対立することが想像できないっていうか」

 言ってから、あ、と思った。
 同級生の(てい)を貫くには少し不自然な、近しい関係をほのめかす言い方をしてしまった。

 いや、そもそも恋人であることはただ何となく言いそびれただけであって、何か意図があって隠したわけじゃないからいいのだけれど。

 追及されたら話そうと思ったものの、正木さんは気にとめることなく「そうですか」と頷いた。

「でも、だとすると謎なんですよねぇ」

「謎?」

「ええ。強い怨恨(えんこん)や殺意を感じさせる犯行で、財布や貴重品が盗られてないことからして強盗目的でもない。なら、普通に考えて彼を恨んでる人物が犯人ってことになる。でも、現実にはみんな高原さんを慕ってるんですよ」