彼の部屋をほぼ完全に元に戻してから、わたしは病院へ向かった。
 もはや習慣になりつつあって、無意識のうちにも莉久の病室へたどり着けるようになっていた。

 薄暗い空間も、いまはかえって落ち着くように思える。
 気を散らす思考が()いでいくから。

「ごめん、勝手に部屋荒らしちゃって」

 聞こえているのかどうか定かではないけれど、口にしないと気が済まなかった。
 穏やかで優しい莉久でもさすがに怒るだろうか。
 だけど、そんな様子は一向に想像できない。

「……あのね」

 傍らの椅子に腰を下ろし、てのひらを見下ろす。

「わたし、あの映画の主人公と同じになっちゃったかもしれない。……突拍子もない話だけど、莉久なら信じてくれる?」

 じっと窺ってみても、やはりと言うべきか反応はない。

(分からないことばっかりだし、まだ半分も信じられないけど……)

 サイコメトリングなんて幻想かもしれない。
 それでも、この際試してみる価値はある。

 緊張と期待で鼓動が速まるのを感じながら、そっと立ち上がった。
 ゆっくり慎重に莉久へ手を伸ばしていく────。

 そのとき、ふいに扉がノックされた。
 返事を待たずして開かれると、伸びる光の先にいたのは正木さんだった。

 突然のことに驚いて身を硬くしてしまう。
 わたしに気がついた彼は「おや」とでも言いたげに瞳をひらめかせる。
 それから、すぐに眉を寄せた。

「何してるんです?」

「……いえ、別に」

 莉久に向けていた手をさっと軌道修正し、布団をかけ直すふりをする。

 もしかして、まさかだけれど、わたしが彼の首を絞めようとしていたように見えただろうか。
 さすがに心外だ。

 最初の印象がよくなかったせいか、正木さんに対しては過剰に警戒心が働いていた。
 それを煽るような言動をあえてとっているのではないかと思えるほど、意図せず気持ちが尖る。

「今日もお見舞いですか。二見さん、高原さんと随分親しかったんですね」

 含みのあるようなもの言いに顔を上げると、相変わらず温度のない笑みが返ってきた。

「だってそうでしょ。ただの同級生って言うには熱心だから」

「……だめですか?」

「いえいえ、とんでもない。よっぽど人望が厚いんでしょうね。聞き込みしててもね、彼を悪く言う人は本当にいないんですよ」