「藤井さんが犯人だとすると、莉久のこと諦めきれずに逆恨みして刺したか。……それか、痴話喧嘩かも。もしかしたらふたりの関係はまだ────」
「西垣くん」
聞くに堪えず遮ると、こと、と箸を置く。
呆れたように彼を見やった。
「本当に無神経だね。それ、わたしだけじゃなくて莉久にも藤井さんにも失礼だよ」
気色ばみはしても、わざわざ声を荒げたりしなかったのは、あくまで西垣くんには悪気がないということが分かったからだ。
きっと、彼は彼なりに推理しているのだろう。
目指すところはわたしと同じはず。
「ごめん。いや、分かってんだけど……だからって遠慮してたら何も分かんないままだし」
案の定申し訳なさそうに苦い顔をしたものの、そのスタンスを譲りはしなかった。
「解せないんだよ。藤井さんは嘘ついてると思う。事件に関わってる。そう思ったらさ、やっぱふたりの間で何かあったって考えるのが自然じゃない?」
「…………」
「だって、藤井さんの免許証を莉久が持ってるなんてどう考えてもおかしいじゃん」
「でも」
とっさに言い返したけれど、その先は続かなかった。
頭の中がまっさらになって言葉を見失う。
仮に藤井さんが犯人なのだとしたら、彼女から聞いたすべては嘘だったんだろうか。
あんな作り話が即座に思い浮かぶ?
だけど、莉久の家に上がり込むための口実だったとしたら?
あの様子からして、目的は免許証を回収することだったにちがいない。
「でも、わたしは……莉久を信じたいから」
うつむいてしまったけれど、どうにか告げた。
藤井さんに疑惑を向けるにしても、その思いだけは手放しちゃいけない気がする。
そうじゃないと、道を見失う。
「気持ちは分かるし、俺もそうだけど。たぶん、そんなんじゃいつまでも真相になんてたどり着けないんじゃないかな」
「なに、を……」
戸惑って視線を上げると、冷徹な西垣くんの眼差しとぶつかる。
割り切ったように感じられた。
先ほど言っていた通り、先入観を捨てて他人の事情に遠慮なく土足で踏み込むこと。
誰かを傷つけてでも、真実を掴み取るつもりでいる。
「冷たいって思った? でも、ごめん。俺は本気で犯人見つけたいと思ってるから」
これほど強い覚悟を持っていたなんて知らなかった。
わたしより遥かに貪欲な姿勢に圧倒されてしまう。
だからこそ、残酷なまでに冷静でいられるのかもしれない。
(莉久のために……?)
ふと、西垣くんがわたしの目を覗き込んだ。
労りつつも窺うような鋭い色を帯びている。
「紗良ちゃんも同じだったら、もう1回莉久の部屋見てみなよ」
どくん、とどうしてか心臓が重たく沈んだ。
藤井さんの言っていたリップが実際に見つかれば、西垣くんの推測は間違っていると判断できる。
可能性の域を出ないとはいえ、ほとんど確信していいだろう。
仮に莉久がリップの存在に気づいていたとしても、彼なら勝手に処分してしまうというようなことは恐らくない。
だけど、そうじゃなかったら。
見つからなかったら、藤井さんが嘘をついていたことになる。
その場合、彼女は何を隠したかったんだろう。
本当に事件に関わっていると言うのだろうか。


