困ったような笑みのまま肩をすくめる。
何だか曖昧で、納得も反発もできなかった。
だけど、彼はたまにそういうやわい笑い方をするときがあった。
決して冷たくはないのに、やんわりと距離を感じさせる。
壁とはいかないまでも、何か透明な幕のようなもので隔たれている気分になる。
見えない以上、こじ開けようもない。
ふぅーん、と相づちを打ちながらフォークにパスタを巻きつけると、おもむろに彼が言葉を繋ぐ。
『紗良は欲しいんだ?』
『欲しい! そしたらなくしものしても困らないし』
『そういう使い方か』
ふっと笑った莉久はいつも通りで、翳りが晴れていた。
穏やかな調子で続ける。
『でも、それだと俺たちいまこうして一緒にいなかったかも』
あ、と思わず声が出た。
きっと、いや、絶対にそうだ。
わたしたちが話すようになったきっかけは、わたしがなくした鍵を莉久が見つけてくれたことだった。
────これ、きみの?
血の気が引くほどの思いで講義室や教室を探し回っていたとき、そう声をかけてくれたのが最初の会話。
もし、わたしにそんな能力があったら、彼と話すこともなかったはずだ。
『そうだね、確かに。同じ学部ってだけで、他人のままだったかもしれない』
『そう考えると不思議だよね。奇跡って案外、偶然の積み重ねだったりして』
それなら、わたしたちが一緒にいるのは必然と言えるのかもしれない。
数多の分岐点で、偶然同じ方向を向いてきた奇跡のお陰でいまがあるのなら。
『じゃあ、いまが一番だね。やっぱり欲しくなくなっちゃった。あの能力……なんて言ったっけ?』
────“サイコメトリー”。
記憶の中の莉久の声が、先ほど抱いた疑問に対する答えとして降ってくる。
(そうだ、サイコメトリー……)
物体に宿る“残留思念”というものを、触れることで残像として読み取る能力。
あのとき観た映画の主人公は、確かそんなふうに説明していた。
想いや記憶、思考、感情、そんなものが残留思念に含まれるという。
つまり、このハンカチには実際に藤井さんの記憶や感情が宿っていて、触れたわたしの頭の中にそのヴィジョンが浮かんできたのだと考えられる。
(……ううん。まさか、そんなはずない)
わたしにはサイコメトリー能力なんて特別な力はないのだから。
ありえない、と思う反面、それ以外に説明がつかないのも事実。
あのとき浮かんだ記憶の残像が脳裏をちらつき、ちぐはぐに乱反射する。
(だけど……)
はやるように心臓が早鐘を打って、ハンカチを持つ手に力が込もった。
もし、この能力が本物だとしたら────。
莉久に触れれば、事の真相が分かるんじゃないだろうか。


