彼女と話した限り、莉久への未練や執着といったものは感じられなかった。

 西垣くんの示唆(しさ)したような、ストーカー気質で、嫉妬や逆恨みが高じて犯行に及ぶひととはやはり思えない。
 大人しくて、どちらかと言えば臆病な性格に見えた。

(……そういえば)

 ふと思い出して、バッグの中からハンカチを取り出す。
 “あれ”は何だったんだろう。

 あのとき、ハンカチに触れた瞬間、記憶のようなものが頭に浮かんだのだ。

 不可解で衝撃的な出来事だったのに、何だか意識から抜け落ちていた。
 ふいに我に返った気分だ。

(まさか、藤井さんの記憶が宿ってたとかじゃないよね?)

 そんなの現実味がないし、万が一そうだとして、どうして触れて読み取ることができると言うのだろう。

 そう思うのに、なぜか心がざわざわと騒ぎ始めていた。

(……あれ、何だっけ? 何か聞いたことあったような)

 記憶をたどるまでもなく、自ずと耳の奥にわたしたちの会話が響く。

『面白かったね、あの映画』

『ね。よかった、俺が観たくて誘ったから退屈してないか不安だったけど』

 莉久とある映画を観にいって、近くのファミレスで遅めの昼食をとっていたときのこと。
 客の姿は少なく、映画の余韻(よいん)もあってゆったりとした時間に浸っていた。

 眉を下げて笑う彼に「ううん」と首を横に振る。

『自分では選ばないジャンルだから新鮮だったよ。わたし、ああいうの結構好きかも』

『本当? 何か嬉しいな、それ』

 言葉通り嬉しそうにはにかんだ莉久に笑い返す。
 こういう素直なところが愛らしくて、心がくすぐったくなる。

 作品の内容は、特殊能力を持つ警察官の主人公がそれを使って難事件に立ち向かう、というものだった。
 サスペンスものでありながら、相棒との絆が試されるハートフルな側面もあって、気づいたら夢中になっていた。

『あの主人公の能力、実際にあったら便利だろうなぁ。触れるだけで情報を読み取れるなんて』

 しみじみとわたしは言う。

『知りたいことぜんぶ分かるんだもんね。嘘とか秘密とかも通用しないし、未解決事件なんてなくなりそう』

『そんないいもんかな? そう都合よくはいかないと思うけど』

 はしゃぐわたしに対して莉久は苦笑していた。

 確かに、あの主人公も周りの人物に能力を信じてもらえなかったり、知りたくないことまで見えてきたりして苦悩してはいたけれど。

『えー、じゃあ莉久はその能力欲しくない?』

『うーん、欲しいとは思わないかな。悪いことばっかでもないんだろうけどさ』