この世界からきみが消えても


(誰だろう……?)

 女の子は、病室にいるわたしとベッドの上の莉久を見比べ、びっくりしたような表情で固まっている。
 わたしは立ち上がると、扉を閉めることもできないで立ち尽くす彼女に歩み寄った。

「どうしたの?」

 屈んで目線を合わせようとするも、反対に女の子はうつむいてしまう。
 自信なさげな、不安そうな様子だった。
 小さな両手でスカートの裾を握り締めている。

「ママ、は……」

 消え入りそうなほどの声だったけれど、確かにそう言ったのが耳に届いた。

「お母さん? ここに入院してるの?」

 そう尋ねると、女の子はこくりと頷く。
 察するに母親の病室と間違えてしまい、焦りと動揺で萎縮(いしゅく)しているのだろう。

「もしかして、お母さんの病室分かんなくなっちゃった?」

 こく、と再び小さな頷きが返ってくる。
 推測にたがわず迷子のようだった。

「大丈夫だよ。わたしと一緒に探そっか」

 手を差し伸べながら笑いかけていて、ごく自然と笑えたことに内心驚いた。
 思いのほか理性はまともに息をしており、感情に押し流されることなく現実を見ているのかもしれない。

 女の子の手が重なると、しっかりと頷き返して病室を出る。

「名前、なんていうの?」

「……みお」

 初めて意思の伴う眼差しが返ってきたけれど、ゆらゆら不安気に揺れていた。
 みおちゃん、と繰り返してみると彼女はもう一度頷く。

 ぎゅ、と繋いだ手に力が込められた。
 縋るような気配を感じて、いっそう柔らかく微笑みかける。

「大丈夫、すぐ会えるからね。お母さんの名前はなんていうの?」

「えっと……」

 みおちゃんから聞いた名前を頼りに、各病室横に掲げられたネームプレートを確かめていく。
 色もデザインも一律の扉が並んでいては、小さな子が迷子になるのも無理のない話かもしれなかった。

 あたりを見回しながら、ゆっくりとした歩調で進んでいく。
 ふと、みおちゃんが口を開いた。

「……おねえちゃんは、パパが入院してるの?」

「え?」

 一瞬きょとんとしてしまってから、ああ、と思い至る。
 病室で眠っていた莉久の姿を見て、男の人だからパパなのではないか、と考えたのだろう。

「ううん、パパじゃないよ。でも……大事な人、かな」

 幼い子の手前、余計な心配をかけないよう空元気で適当に誤魔化すこともできた。
 けれど、気づけば素直にそう答えていた。
 純真な眼差しに感化されたのかもしれない。

「そうなんだ。早くなおるといいね」

「うん……ありがとう」

 舌足らずながらまっすぐで優しいみおちゃんの言葉は、だからこそ余裕を失った心に染みた。

 思えば、この悲劇とも言える事態に巻き込まれてから、ただ寄り添ってくれるような言葉をもらったのは初めてかもしれない。

「あのね、ママはね────」

「みお!」