「分かりました。じゃあ、いまからもう一度行きましょう」

 そう言うと、藤井さんははっとしたように顔をもたげる。
 わたしの言葉が相当意外だったみたい。

「いいの……?」

「わたしに打ち明けてくれたってことは、信じてみてもいいのかなって」

 口封じが目的だったなら、わざわざわたしにまで洗いざらいさらけ出す必要なんてないと思う。
 隠しておきたい過去が明るみに出るリスクを高めるだけだ。

 だからこそ、藤井さんは犯人じゃないのではないか。
 そんな考えが強まっていた。

「ありがとう」

 彼女は心の底からほっとしたように息をつき、泣きそうな表情をたたえる。
 何だか大げさにも思える反応だけれど、それほどまでに思い詰めていたのかもしれない。

 当初の警戒心が緩んで、肩をすくめつつ小さく笑い返した。



 莉久のアパートへ戻ってくると、今度こそ鍵を使ってドアを開ける。
 部屋からは慣れ親しんだ彼のにおいがして、最初よりいくらか平静を取り戻すことができた。

「どうぞ」

 振り返って促すと、どことなく緊張気味な様子で藤井さんは頭を下げる。
 おずおずと玄関に足を踏み入れて「お邪魔します」と呟いた。

 ────彼女の万引きという“罪”に関しては、彼女自身に落とし前を委ねるべきだと思った。

 自身の過ちを反省して、いまからでも(しか)るべき判断をとった藤井さんを、無関係なわたしが警察に突き出すことなんてできない。

 だからこそ、盗品を回収したいというその意思を()んで尊重することにした。

 莉久の部屋はオーソドックスな1Kの間取りで、玄関から伸びた廊下に沿ってキッチンがある。
 突き当たりのドアを開けると、リビングや寝室を兼ねた洋室が広がっていた。

 彼は比較的几帳面な性格で、いつ来ても部屋が散らかっているということはない。
 今日も例に漏れることなく綺麗に片付いていた。

 たとえばここで争ったような形跡だとか、誰かに荒らされた様子だとか、トラブルがあったような痕跡はない。

 けれど、ひとつだけいつもとちがう点があった。

「ん……?」

 ソファーの前に置かれたローテーブルの上に、カードのようなものが置かれている。
 顔写真付きのそれは運転免許証だった。

「あ!」

 あれ、と思っているうちに藤井さんが声を上げる。
 目にも留まらない速さで踏み出して、奪うようにその免許証を手に取った。

 突然のことに呆気(あっけ)にとられていると、はたと我に返った彼女が誤魔化すように肩をすくめる。

「これ、わたしの……。なくしたと思ってたけど高原くんが拾ってくれてたんだ」

「え? でも、それ────」