近場のカフェに場所を移し、テーブルを挟んで向かい合う。

 アンティークな雰囲気に統一された店内には、昼前でありながらちらほらと客の姿があった。
 吊るされたドライフラワーや照明がシャビーシックな(おもむき)を増している。

 それぞれに注文した飲みものが運ばれてきて、わたしはアイスティーのストローに口をつけた。
 同じようにカフェオレを含んだ彼女は、いくらか落ち着いたようで静かに話し始める。

「あ……わたし、藤井(ふじい)っていいます。藤井由乃(ゆの)。さっきも少し言ったんですけど、高原くんとは前に付き合ってました」

 そういえば名前を聞いていなかった、という認識は、後半の言葉のインパクトに攫われていった。
 理解していたはずだったのに、改めて言われると何だか複雑な心境に陥る。

 藤井さんに嫉妬しているのだとしても、わたしと関わる以前の莉久が垣間見えて寂しいのだとしても、何だか彼女と顔を突き合わせていることそのものが妙だった。
 イレギュラーな感じがする。

 図らずも黙り込んでしまうと、彼女は慌てたように続けた。

「でも心配しないでください。もうとっくに別れてますし、未練とかそういうのはないですから! いま付き合ってる人もいるし」

「……そう、なんですか?」

 意外に思ったのは、西垣くんの言葉があったからだった。

 彼いわく、莉久の元カノである藤井さんは、別れるときも別れてからも執念深く莉久に迫っていたという。

 それ自体は誤解だったのか、あるいは彼女がいま嘘をついているだけなのか、いずれにしても事前に漠然と思い浮かべていた人物像が揺らいだ。
 目の前にいる彼女は、西垣くんの言っていたような印象とは随分ちがっている。

「だけど、じゃあどうして莉久の家に?」

「ちょっと……用があって」

「でも、莉久はいま────」

「分かってます、入院してるんですよね? 事件に巻き込まれて」

 戸惑ってしまい、目を(しばたた)かせる。
 それを知っていながら、彼の家へ何をしに来たんだろう。

 そのこと自体は報道で知ったのか、そうじゃないなら彼女もまた警察から事情聴取を受けたのかもしれない。

 藤井さんは顔を伏せたまま再びカフェオレに口をつけた。
 つ、とコップの表面を雫が伝い落ちていく。

 一拍の沈黙を経て、意を決したように切り出した。

「あの……実はわたし、罪を犯したんです」