メガネをかけた、肩くらいの長さの黒髪をそなえる女性。
 一心に見つめる先にあるのは莉久の部屋のドアだろうか。

 視線に気づいたのか、ふいに彼女がこちらを向いた。
 見覚えはなかったものの、目が合った瞬間に直感的な予感が降ってくる。

(もしかして、西垣くんが言ってた莉久の……)

 元カノ。
 そうよぎってどきりとする。

「あの」

 どうしようか決めかねているうちに、彼女の方から声をかけてきた。
 意思によらず、反射的に警戒心が芽生える。

「もしかして莉久くん……あ、いえ、高原くんの彼女さんですか?」

「そう、ですけど」

 だったら何なのだろう。
 直球な問いかけに対し、怪訝(けげん)な心持ちが全面的に声に乗ってしまう。

 どうして分かったんだろう。
 わたしと同じく、勘が働いたのだろうか。

 あるいは、西垣くんがほのめかしたようなストーカー紛いの行為が事実なら、わたしのことまで調べ上げていたのかもしれない。

 それこそ彼の推測が正しければ、逆恨みの対象には莉久だけじゃなくわたしも含まれている可能性が高い。

 今度はわたしが刺されるんじゃ、なんて内心ぞっと焦ったけれど、予想に反して彼女は大人しいままだった。
 小さく「やっぱり」と呟いたきり、うつむいて動かない。

「…………」

 何だか居心地の悪い、気まずい沈黙だった。

 声をかけてきたということは話があるのではないかと思って待ってみたものの、一向に口を開く気配はない。

 ただ、だんまりを決め込んでいるというよりは、何か言いたげながらその糸口を掴めないでいるように見えた。
 忙しない瞬きと視線は、迷っているようにも窺える。

「あの、失礼ですけど……前に莉久と付き合ってた方、ですよね」

 たまらず確かめるように言うと、そっと顔をもたげた彼女が頷く。

「そうです。……高原くんから聞いてました?」

「あ、いえ。莉久からは何も……」

「そっか、そうだよね」

 眉を下げて淡く笑った。
 その真意や本心がまるで見えなくて、ますます訝しむ気持ちが膨らんでいく。

「あの……どうしてここに?」

 彼に会いにきたとでも言うのだろうか。
 だとしたら、彼女は莉久の状態もその身に起きたことも知らない?

「えっと。それは、その……」

 言い淀む彼女は、言葉を探すようにまたしても視線を彷徨わせる。

 どことなくいづらそうではあるものの、自分から切り上げないところが引っかかった。
 何か言いたいことや話したいことがあるのかもしれない。

「よかったら」

 半ば口をつくような形で声をかけると、メガネの奥で伏せられていた彼女の睫毛が持ち上がる。

「少し、話しませんか」