(本編9話のモブさん視点です)
みなさん、はじめまして。私の名前は山田紅良々。ええ、こんな黒髪ボブカットで眼鏡をかけている地味系二十代女子ですが、名前は『くらら』といいます。山田という普遍的な名字ともあいまって、絶妙なアンバランスさをかもしだしてますね。いっそ『花子』とかの方が一周回って斬新だったかもしれませんねって? うっせえわ。それ、市役所の書類の見本に書いてある名前じゃねえか。
……そんなわけの分からない独り言を、心の中でぶつぶつと呟く。昨夜、遅くまで友人の失恋話に付き合わされて、私は絶賛寝不足だった。今いるのが、うす暗いプラネタリウムの会場とあって、喉から何度も欠伸がせり上がってくる。
といっても、私はプラネタリウムを見に来た客ではない。従業員の方である。上映前にお客様を席へ案内したり、上映中に問題がないか見張っていたり、上映後はすみやかに退場を促したり。まぁ、そういう仕事だ。
次の上映開始があと五分後に迫っていた。もう大体の観客は入ったかな、という頃、入り口の方からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
両開きの防音扉を通り抜けてきたのは、若い男の子二人組だった。
二人組だったけれど、前を行く子がとにかく目立っていた。
少ない語彙力で表現すると、嘘みたいなイケメンである。
歳は十代後半、高校生ぐらいだろうか。背が高くて、足が長くて、顔が良い。それを総じてイケメンというのだが、それにしたって限度があるだろうと突っ込みたくなる。
黒い髪はさらさらで、綺麗な形の眉の下に、純度の高いオニキスのような瞳がきらめいている。当然のように肌はきめ細やかで、これでメイクしていないのが恨めしいぐらいだった。
一瞬、芸能人かと疑った。東京ではそこそこ出くわすからである。まぁ、私は芸能界に疎いので、素通りしちゃうこともあるのだけど。けど周囲は特に騒いでいないので、そういうわけでもなさそうだ。
後ろからついてくる子も同じ年代で、友達なのだろう。童顔で可愛らしいが、何せ前方がキラキラと眩しすぎて、霞んでしまっている。いや、このイケメンの前なら誰だってそうなるし、失礼なことを言っているのは分かっているけど。
はっと職務を思い出す。私は彼らに向かって言った。
「上映時間が迫っております、お急ぎください」
受付でも言われたかもしれないけど、もう一度、促す。二人ともぺこっと会釈して、入り口付近の席に並んで座った。きっと上映間近にチケットを取り、他の客の邪魔にならないような席にしたのだろう。すぐスマホの電源を切るところにも好感が持てた。
壁沿いに彼らから少し距離を取る。真後ろに係員がいては集中できないだろうと気を遣った。リクライニングされてはいるものの、他のシートに隠れて、片方のドイケメンの顔ぐらいしか見えなくなる。
あんまりよくないことだけど、なんとなく珍しいなぁと思って、二人を見てしまう。
プラネタリウムで二人組というと、やはりカップル、ついで女性同士という組み合わせが多い。といっても、男性二人組だってたまにいる。特に若い子は物珍しさに観に来ることもある。でも映画ならともかく、プラネタリウムを男の子二人で観に来るのって、相当な仲がいいんだろうな、と思って、ちょっとほっこりする。今もイケメンくんの方が何かを言い、童顔くんが小さく頷いたりしている。なんだかんだこういう年代で知り合った友達が一番長続きしたりするんだよね、大切にしなよ、その友情。
などとお節介なことを勝手に思っていると、照明が落とされ、上映が始まった。
スクリーンに夜空が投影され、有名声優のナレーションと共に、アロマミストが会場を満たしていく。このプログラムは声優のイケボと百合の香りが売りだった。
プラネタリウムは嫌いじゃない。むしろ好きな方なので、ここで働いている。とはいえ何百回も観たプログラムだと、さすがに飽きる。し、場内に問題がないか見張るのが係員の仕事なので、私はゆったりと視線を巡らせる。
みんな、投影される夜空に見入っていた。中にはすでに寝ている客もいる。分かる分かる、これ眠たくなるんだよね。ナレーションもいいし、香りもいいし。というか、寝かしつけにきてるとしか思えない。
欠伸をかみ殺しつつ、そういえば、と私はちらりと入り口付近、最後尾の席を見た。あの男の子二人組はどうしているかな……。
って、寝てる。童顔くんの方が寝てるわ。頭が完全にイケメンくんの肩に乗っている。というかもはや体全体を預けている勢いだ。いやまぁ、あの頃の年代といったらそりゃもういつだって眠いもんよ。しかもこのプログラムは特に眠気を誘う。相手が悪かったね。
寄りかかられているイケメンくんの方は、ちらちらと隣を振り向いている。何故、暗い会場でそこまで見えるかというと、私は夜目が効くからだ。元々そうなのだけど、この仕事についてから余計夜目が鍛えられたように思う。いや、夜目が鍛えられるってなんだ?
場内も問題なさそうなので、なんとなく注目していると、イケメンくんはため息をついたり、片手でこめかみを押さえたりしていた。こいつ寝やがったよ、とかいうぼやきが今にも聞こえてきそうだ。
と、そこで私は二人の間の肘掛けが上がっているのに気付く。確かに隣のイケメンくんにあんなに体を預けるには、肘掛けが上がっていなければ難しい。
……ちょっと、んん? と思った。
いや、別に「んん?」だけで、それ以上は何もないけど。
でもますます私は彼らから目をそらせなくなってしまう。
イケメンくんはかなりしかめっ面をしていた。というか、さっきから全然プラネタリウムを観ていない。じいっと隣の子を見て、というかほぼ顔を覗き込んでいる。角度を変えて矯めつ眇めつ。っていうか……これ、っていうか……。
キスしたがってる、ように見える。
即座にぶんぶんと首を振った。誤解されやすいけど、私はそういう趣味を嗜んではいない。話題になったおっさんがラブする的なドラマは見ていて普通に楽しんだけど。でも一人ガチな友人がいて、漫画をたくさん持っていて、その子に比べたらもう全然、よくわかんないのだ。
けど、ドキドキした。もっというとハラハラもしていた。イケメンくんは何度も童顔くんの顔を覗き込んだが、でも角度的に無理だと悟り、おおげさなため息をついた。そこからは背もたれに体を預け、死んだ魚のような目でプラネタリウムを観ていた。観ていたけど……まっっったく興味なさそうである。
いや、……ええ? うーん、でもこういうカップルよくいるんだよな。隙を見て、ちゅっとかする人達。いや、別にそれぐらいなら、他のお客様の迷惑にならないのならいいんだけれども。けれども、よ。
……君、もしかしてその子が好きなのかい?
うーん、でも寝てる相手にキスするような子には見えない。ましてや片思いならなおさら。いや爽やかイケメン補正かもしらんけど。
あわよくばキスしたかった、けど相手が寝てしまって、してやろうかコノヤローというポーズをしてみたものの、心理的にも物理的にも無理だと分かって拗ねてしまったように見えた。いや妄想かもしらんけど。
……気がついたら上映が終わっていた。
二人から目が離せなくなっていた私は、照明がついた場内に、ハッと我に返った。
ゆったりとした時間を過ごし終え、他の客たちは思い思いに帰っていく。
他の席が空になり、イケメンくんはいよいよ困ったように隣を見ている。童顔くんはぐーすか寝ている。私でも起こしていいものか迷うくらいに爆睡している。
しばらく悩んだ挙げ句、イケメンくんはまず膝にかけていたコートを取った。いや膝じゃない。奇妙なことに二人の間にコートがかかっていた。肘掛けも上げているのにどういうことだと思っていると、イケメンくんが全部の動作を片手だけでしているのに気付く。まるでもう片方の手が塞がっているかの……ように……。
え……。
あれ……。
もしかして……今、ここからじゃ見えないけど、今……。
手、繋いでる?
っていうか、もしかしてずっとコートの下で手、繋いでた?
そうしてイケメンくんは最後にもう片方の手も動員して(多分、最後の最後まで離したくなかったんだと思う)コートを着ると、立ち上がった。
「水無瀬、水無瀬。おい、水無瀬って」
隣の子は水無瀬くんというらしい。水無瀬くんは何度か肩をゆすられて、ようやく起きた。きょろきょろと辺りを見回している。口の端にはよだれの跡が残っている。
イケメンくんが私の方をちらりと振り返った。ぎくうっとしたが、彼は申し訳なさそうに会釈した。あ、あぁ、そっか……早く退場しろと促しているのかと思われたのか。
「お前、始まってすぐ爆睡したんだけど」
「え!」
タイムスリップでもしたような顔で、水無瀬くんが驚いている。どうやら気を失ったみたいに寝たらしい。イケメンくんは水無瀬くんの腕を引っ張って立たせると、出入り口まで連れていく。
私は二人を見ていたのがバレないか気がかりで、強張った笑みを浮かべながら、彼らを見送った。水無瀬くんが私を見て、目を丸くし、ぺこぺこと頭を下げる。どうやら退場が遅れて、怒られると思ったみたいだ。すまんやで。違うんやで。
「見たいって言ったのお前じゃん、もー」
「ごめんって。でも起こしてくれれば良かったのに」
「あんだけ気持ちよさそうに寝られたら、起こせねーよ」
水無瀬くんはしょぼんと肩を落としていた。だから彼は気付かないのである。
イケメンくんが眉を下げて、見守るように苦笑している表情に。
私はぽかんとした。
言葉に出さずに「愛おしい」と表現するなら、多分、ああいう顔になるのだろう──というのを初めて見た。
二人はその後もなんやかんやと言いながら、角を曲がって見えなくなった。
私はふらふらとプラネタリウム会場を出た。ちょうど休憩に行くところだった受付係の友人がふと声をかけてくる。
「紅良々、どしたん? なんかほけーっとしてるけど」
「いやぁ……なんか……いいもの見せてもらっちゃった」
「いいものって?」
「なんだろ。青春? 恋? ラブ?」
「んだと、てめー、今日も夜の三時まで電話で愚痴ってやろうか?」
あ、そういえば失恋したの、この子だったわ。私は「きゃー、逃げろー」と再びプラネタリウム会場に入って、ゴミや忘れ物のチェックを開始するのだった。
みなさん、はじめまして。私の名前は山田紅良々。ええ、こんな黒髪ボブカットで眼鏡をかけている地味系二十代女子ですが、名前は『くらら』といいます。山田という普遍的な名字ともあいまって、絶妙なアンバランスさをかもしだしてますね。いっそ『花子』とかの方が一周回って斬新だったかもしれませんねって? うっせえわ。それ、市役所の書類の見本に書いてある名前じゃねえか。
……そんなわけの分からない独り言を、心の中でぶつぶつと呟く。昨夜、遅くまで友人の失恋話に付き合わされて、私は絶賛寝不足だった。今いるのが、うす暗いプラネタリウムの会場とあって、喉から何度も欠伸がせり上がってくる。
といっても、私はプラネタリウムを見に来た客ではない。従業員の方である。上映前にお客様を席へ案内したり、上映中に問題がないか見張っていたり、上映後はすみやかに退場を促したり。まぁ、そういう仕事だ。
次の上映開始があと五分後に迫っていた。もう大体の観客は入ったかな、という頃、入り口の方からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
両開きの防音扉を通り抜けてきたのは、若い男の子二人組だった。
二人組だったけれど、前を行く子がとにかく目立っていた。
少ない語彙力で表現すると、嘘みたいなイケメンである。
歳は十代後半、高校生ぐらいだろうか。背が高くて、足が長くて、顔が良い。それを総じてイケメンというのだが、それにしたって限度があるだろうと突っ込みたくなる。
黒い髪はさらさらで、綺麗な形の眉の下に、純度の高いオニキスのような瞳がきらめいている。当然のように肌はきめ細やかで、これでメイクしていないのが恨めしいぐらいだった。
一瞬、芸能人かと疑った。東京ではそこそこ出くわすからである。まぁ、私は芸能界に疎いので、素通りしちゃうこともあるのだけど。けど周囲は特に騒いでいないので、そういうわけでもなさそうだ。
後ろからついてくる子も同じ年代で、友達なのだろう。童顔で可愛らしいが、何せ前方がキラキラと眩しすぎて、霞んでしまっている。いや、このイケメンの前なら誰だってそうなるし、失礼なことを言っているのは分かっているけど。
はっと職務を思い出す。私は彼らに向かって言った。
「上映時間が迫っております、お急ぎください」
受付でも言われたかもしれないけど、もう一度、促す。二人ともぺこっと会釈して、入り口付近の席に並んで座った。きっと上映間近にチケットを取り、他の客の邪魔にならないような席にしたのだろう。すぐスマホの電源を切るところにも好感が持てた。
壁沿いに彼らから少し距離を取る。真後ろに係員がいては集中できないだろうと気を遣った。リクライニングされてはいるものの、他のシートに隠れて、片方のドイケメンの顔ぐらいしか見えなくなる。
あんまりよくないことだけど、なんとなく珍しいなぁと思って、二人を見てしまう。
プラネタリウムで二人組というと、やはりカップル、ついで女性同士という組み合わせが多い。といっても、男性二人組だってたまにいる。特に若い子は物珍しさに観に来ることもある。でも映画ならともかく、プラネタリウムを男の子二人で観に来るのって、相当な仲がいいんだろうな、と思って、ちょっとほっこりする。今もイケメンくんの方が何かを言い、童顔くんが小さく頷いたりしている。なんだかんだこういう年代で知り合った友達が一番長続きしたりするんだよね、大切にしなよ、その友情。
などとお節介なことを勝手に思っていると、照明が落とされ、上映が始まった。
スクリーンに夜空が投影され、有名声優のナレーションと共に、アロマミストが会場を満たしていく。このプログラムは声優のイケボと百合の香りが売りだった。
プラネタリウムは嫌いじゃない。むしろ好きな方なので、ここで働いている。とはいえ何百回も観たプログラムだと、さすがに飽きる。し、場内に問題がないか見張るのが係員の仕事なので、私はゆったりと視線を巡らせる。
みんな、投影される夜空に見入っていた。中にはすでに寝ている客もいる。分かる分かる、これ眠たくなるんだよね。ナレーションもいいし、香りもいいし。というか、寝かしつけにきてるとしか思えない。
欠伸をかみ殺しつつ、そういえば、と私はちらりと入り口付近、最後尾の席を見た。あの男の子二人組はどうしているかな……。
って、寝てる。童顔くんの方が寝てるわ。頭が完全にイケメンくんの肩に乗っている。というかもはや体全体を預けている勢いだ。いやまぁ、あの頃の年代といったらそりゃもういつだって眠いもんよ。しかもこのプログラムは特に眠気を誘う。相手が悪かったね。
寄りかかられているイケメンくんの方は、ちらちらと隣を振り向いている。何故、暗い会場でそこまで見えるかというと、私は夜目が効くからだ。元々そうなのだけど、この仕事についてから余計夜目が鍛えられたように思う。いや、夜目が鍛えられるってなんだ?
場内も問題なさそうなので、なんとなく注目していると、イケメンくんはため息をついたり、片手でこめかみを押さえたりしていた。こいつ寝やがったよ、とかいうぼやきが今にも聞こえてきそうだ。
と、そこで私は二人の間の肘掛けが上がっているのに気付く。確かに隣のイケメンくんにあんなに体を預けるには、肘掛けが上がっていなければ難しい。
……ちょっと、んん? と思った。
いや、別に「んん?」だけで、それ以上は何もないけど。
でもますます私は彼らから目をそらせなくなってしまう。
イケメンくんはかなりしかめっ面をしていた。というか、さっきから全然プラネタリウムを観ていない。じいっと隣の子を見て、というかほぼ顔を覗き込んでいる。角度を変えて矯めつ眇めつ。っていうか……これ、っていうか……。
キスしたがってる、ように見える。
即座にぶんぶんと首を振った。誤解されやすいけど、私はそういう趣味を嗜んではいない。話題になったおっさんがラブする的なドラマは見ていて普通に楽しんだけど。でも一人ガチな友人がいて、漫画をたくさん持っていて、その子に比べたらもう全然、よくわかんないのだ。
けど、ドキドキした。もっというとハラハラもしていた。イケメンくんは何度も童顔くんの顔を覗き込んだが、でも角度的に無理だと悟り、おおげさなため息をついた。そこからは背もたれに体を預け、死んだ魚のような目でプラネタリウムを観ていた。観ていたけど……まっっったく興味なさそうである。
いや、……ええ? うーん、でもこういうカップルよくいるんだよな。隙を見て、ちゅっとかする人達。いや、別にそれぐらいなら、他のお客様の迷惑にならないのならいいんだけれども。けれども、よ。
……君、もしかしてその子が好きなのかい?
うーん、でも寝てる相手にキスするような子には見えない。ましてや片思いならなおさら。いや爽やかイケメン補正かもしらんけど。
あわよくばキスしたかった、けど相手が寝てしまって、してやろうかコノヤローというポーズをしてみたものの、心理的にも物理的にも無理だと分かって拗ねてしまったように見えた。いや妄想かもしらんけど。
……気がついたら上映が終わっていた。
二人から目が離せなくなっていた私は、照明がついた場内に、ハッと我に返った。
ゆったりとした時間を過ごし終え、他の客たちは思い思いに帰っていく。
他の席が空になり、イケメンくんはいよいよ困ったように隣を見ている。童顔くんはぐーすか寝ている。私でも起こしていいものか迷うくらいに爆睡している。
しばらく悩んだ挙げ句、イケメンくんはまず膝にかけていたコートを取った。いや膝じゃない。奇妙なことに二人の間にコートがかかっていた。肘掛けも上げているのにどういうことだと思っていると、イケメンくんが全部の動作を片手だけでしているのに気付く。まるでもう片方の手が塞がっているかの……ように……。
え……。
あれ……。
もしかして……今、ここからじゃ見えないけど、今……。
手、繋いでる?
っていうか、もしかしてずっとコートの下で手、繋いでた?
そうしてイケメンくんは最後にもう片方の手も動員して(多分、最後の最後まで離したくなかったんだと思う)コートを着ると、立ち上がった。
「水無瀬、水無瀬。おい、水無瀬って」
隣の子は水無瀬くんというらしい。水無瀬くんは何度か肩をゆすられて、ようやく起きた。きょろきょろと辺りを見回している。口の端にはよだれの跡が残っている。
イケメンくんが私の方をちらりと振り返った。ぎくうっとしたが、彼は申し訳なさそうに会釈した。あ、あぁ、そっか……早く退場しろと促しているのかと思われたのか。
「お前、始まってすぐ爆睡したんだけど」
「え!」
タイムスリップでもしたような顔で、水無瀬くんが驚いている。どうやら気を失ったみたいに寝たらしい。イケメンくんは水無瀬くんの腕を引っ張って立たせると、出入り口まで連れていく。
私は二人を見ていたのがバレないか気がかりで、強張った笑みを浮かべながら、彼らを見送った。水無瀬くんが私を見て、目を丸くし、ぺこぺこと頭を下げる。どうやら退場が遅れて、怒られると思ったみたいだ。すまんやで。違うんやで。
「見たいって言ったのお前じゃん、もー」
「ごめんって。でも起こしてくれれば良かったのに」
「あんだけ気持ちよさそうに寝られたら、起こせねーよ」
水無瀬くんはしょぼんと肩を落としていた。だから彼は気付かないのである。
イケメンくんが眉を下げて、見守るように苦笑している表情に。
私はぽかんとした。
言葉に出さずに「愛おしい」と表現するなら、多分、ああいう顔になるのだろう──というのを初めて見た。
二人はその後もなんやかんやと言いながら、角を曲がって見えなくなった。
私はふらふらとプラネタリウム会場を出た。ちょうど休憩に行くところだった受付係の友人がふと声をかけてくる。
「紅良々、どしたん? なんかほけーっとしてるけど」
「いやぁ……なんか……いいもの見せてもらっちゃった」
「いいものって?」
「なんだろ。青春? 恋? ラブ?」
「んだと、てめー、今日も夜の三時まで電話で愚痴ってやろうか?」
あ、そういえば失恋したの、この子だったわ。私は「きゃー、逃げろー」と再びプラネタリウム会場に入って、ゴミや忘れ物のチェックを開始するのだった。



