お互いの動きがぎこちなく止まり、沈黙が流れた。
御子柴と二人、顔を見合わせていると、もう一度、インターホンが鳴る。
「で、出なくていい、のか?」
「……宅配、だったら、ボックスあるし──」
ピンポーン。三回目である。多分、宅配業者だったらこんなに立て続けに鳴らさない気がする。
不安げにインターホンの方を見ていると、御子柴は何やら低くうめいた。
「ぐ、ぅー……しかも、この音……」
「音?」
「門じゃなくて、玄関の……てことは……」
御子柴はなおもぶつぶつ何かを言っている。
と、その時、遠くの方でガチャリと鍵が開く音がした。
「やば……!」
えっ、と思う間もなく、御子柴が飛び起きる。ソファに転がったままの俺へ、手近にあったクッションを押し付ける。
「寝たふりしてろ」
御子柴の焦った口調に、問いただす余裕もなく、とにかく言う通りにする。クッションを抱いて、ころっと横向きになった。
「くそー……可愛いのかよ……!」
と、最後までそんなことを言いながら、御子柴がばたばたとテーブルに戻っていく足音がした。
横向きに寝っ転がって可愛いのはオットセイとかアザラシとかそういう動物だけだと思う。そんなことを考えながらも、俺は内心冷や汗をかいていた。
誰か来る。ゆっくりと足音が近づいてくる。
それに比例してバクバクと心臓が鳴る。
そしてリビングのドアが静かに開く音がした。
「涼馬……? あら、いたの?」
聞き覚えのある声。以前、一度だけ会った、御子柴のおばあちゃんである。
「あれ、ばーちゃん。おかえり」
「インターホン鳴らしたんだけど、聞こえたなかった?」
「あー、ごめん、ノイキャンのイヤホンしてたから……。それより早かったね」
さすがというかなんというか、何事もなかったような口調で御子柴が応対する。
「そうなのよ、お友達に用事ができちゃってね。割と早く解散しちゃったの。そうだ、お客さんは?」
「あぁ、水無瀬ならそこで寝てる。勉強しすぎて頭パンクしちゃったみたいで」
「あらまぁ」
おばあちゃんの気配が近づいてくる。痛いほど心臓が縮み上がり、俺はクッションを抱く手に力を込めた。こんな出来の悪い狸寝入りなんか、絶対バレる……!
「ふふ、受験生は大変ね。あら、シャツからお腹が出てちゃってる」
ぎくっと肩をすくめなかっただけ偉かったと思う。やばい、直す暇がなかった……!
そこへ御子柴が苦笑混じりに言った。
「あー、俺がなんかかけとくよ」
「そうね、このままじゃ風邪ひいちゃうかも。お願いね」
気配が遠ざかり、俺はクッションに細長いため息を吹き付けた。
「ごめんなさい。お勉強中、邪魔しちゃって。これ、お土産のケーキ。二人で食べてね」
「ありがと、ばーちゃん」
じゃあね、と御子柴のおばあちゃんは言って、軽い足音がリビングから出ていく。
なおも俺は石のように身を固くしていたが、やがてぽんと肩を叩かれた。
「もういいぞ」
恐る恐る目を開く。そこには決まり悪そうな顔をしている御子柴がいた。
「……悪い、油断してた」
「い、いや。こちらこそ……」
クッションを抱いたまま、もそもそと身を起こす。捲り上がってたシャツの裾を自分で直した。まだ心臓が早鐘を打っていた。
「あー……ばーちゃんんん……!」
突然、御子柴はその場にしゃがみこみ、頭を抱えた。
髪をかきむしってるところを見ると、とても一言では言い表せない感情らしい。
ひとしきり髪をわしゃった後、御子柴は顔を上げた。
「どーする? 勉強する?」
「いや……。今日は帰ろう、かと」
あやうく際どいところを目撃されそうになった衝撃で、何も手につきそうにない。しかも御子柴のおばあちゃんに、見られるところだった。一歩間違ってたらどうなってたか、想像するだに寒気がする。
「ですよねー……」
残念そうな態度もそこそこに、御子柴はぱっと立ち上がった。
「よし、送る。行こうぜ」
こういう切り替えが早いところは見習いたい。御子柴が差し出した手を、俺はゆっくり掴んだ。
日は西に傾き始めていた。
茜色に染まった住宅街を、御子柴と二人並んで歩く。そこかしこに新緑が芽生えていて、すぐそこに迫る五月の訪れを感じさせた。
隣から不意に苦笑が聞こえた。俺はちらりと目で御子柴の方を見やる。
「なんだよ」
「いや。ばーちゃんに挨拶する時、水無瀬がロボットみたいだったなーって」
御子柴邸を出る前に、離れまでおばあちゃんにご挨拶に行った。家にお邪魔したからというのもあるし、あとおばあちゃんが買ってきたケーキを、御子柴に家族へのお土産として横流しされてしまったからだ。
『お、せわ、になりま、した』
御子柴はロボットみたいだと言ったが、実際はロボットの方がよっぽどなめらかに喋るのではないかというぎこりなさっぷりだった。
『なんのおかまいもできずに、ごめんなさいね』
おばあちゃんは俺の不自然な態度をなんとも思ってないのか、相変わらず上品に微笑んでいた。
さらに御子柴がケーキを持たせたことを報告すると、おばあちゃんはうちの家族が何人いるのかと聞いてきた。妹と母親がいると応えると、ありったけのクッキーやらせんべいやらが入ったギフトを持たせてくれた。
ずっしりとした紙袋は今、俺の手の中にある。
一連の流れを思い出し、俺はため息をついた。
「そりゃ、ああなるだろ」
「ごめんって」
「別に御子柴が悪いわけじゃないし……。俺も浮かれてたというか」
少しの間を置いて、御子柴が呟いた。
「浮かれてたんだ」
遅ればせながら、自分が口を滑らせたことに気づく。
「浮かれッ……て、というか、そのなんていうかっ」
絶対にやついてる。
そう覚悟して振り向いたが、御子柴は――ただ嬉しそうに目を細めていただけで、拍子抜けしてしまった。
「学校じゃなかなか会えないもんな」
その笑顔に夕陽が作り出したかすかな陰が差して、俺は何も言えなくなる。だからただ小さく頷くしかできない。
「俺のこと、見かけるくらいはする?」
「あぁ、うん。なんかリア充軍団作ってた……」
「なんだそれ」
御子柴は軽く吹き出した後、少し顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
「……西蓮寺のこと、見た? あいつが俺にベタベタ触ってくるとことか」
「えッ――⁉︎」
御子柴と二人、顔を見合わせていると、もう一度、インターホンが鳴る。
「で、出なくていい、のか?」
「……宅配、だったら、ボックスあるし──」
ピンポーン。三回目である。多分、宅配業者だったらこんなに立て続けに鳴らさない気がする。
不安げにインターホンの方を見ていると、御子柴は何やら低くうめいた。
「ぐ、ぅー……しかも、この音……」
「音?」
「門じゃなくて、玄関の……てことは……」
御子柴はなおもぶつぶつ何かを言っている。
と、その時、遠くの方でガチャリと鍵が開く音がした。
「やば……!」
えっ、と思う間もなく、御子柴が飛び起きる。ソファに転がったままの俺へ、手近にあったクッションを押し付ける。
「寝たふりしてろ」
御子柴の焦った口調に、問いただす余裕もなく、とにかく言う通りにする。クッションを抱いて、ころっと横向きになった。
「くそー……可愛いのかよ……!」
と、最後までそんなことを言いながら、御子柴がばたばたとテーブルに戻っていく足音がした。
横向きに寝っ転がって可愛いのはオットセイとかアザラシとかそういう動物だけだと思う。そんなことを考えながらも、俺は内心冷や汗をかいていた。
誰か来る。ゆっくりと足音が近づいてくる。
それに比例してバクバクと心臓が鳴る。
そしてリビングのドアが静かに開く音がした。
「涼馬……? あら、いたの?」
聞き覚えのある声。以前、一度だけ会った、御子柴のおばあちゃんである。
「あれ、ばーちゃん。おかえり」
「インターホン鳴らしたんだけど、聞こえたなかった?」
「あー、ごめん、ノイキャンのイヤホンしてたから……。それより早かったね」
さすがというかなんというか、何事もなかったような口調で御子柴が応対する。
「そうなのよ、お友達に用事ができちゃってね。割と早く解散しちゃったの。そうだ、お客さんは?」
「あぁ、水無瀬ならそこで寝てる。勉強しすぎて頭パンクしちゃったみたいで」
「あらまぁ」
おばあちゃんの気配が近づいてくる。痛いほど心臓が縮み上がり、俺はクッションを抱く手に力を込めた。こんな出来の悪い狸寝入りなんか、絶対バレる……!
「ふふ、受験生は大変ね。あら、シャツからお腹が出てちゃってる」
ぎくっと肩をすくめなかっただけ偉かったと思う。やばい、直す暇がなかった……!
そこへ御子柴が苦笑混じりに言った。
「あー、俺がなんかかけとくよ」
「そうね、このままじゃ風邪ひいちゃうかも。お願いね」
気配が遠ざかり、俺はクッションに細長いため息を吹き付けた。
「ごめんなさい。お勉強中、邪魔しちゃって。これ、お土産のケーキ。二人で食べてね」
「ありがと、ばーちゃん」
じゃあね、と御子柴のおばあちゃんは言って、軽い足音がリビングから出ていく。
なおも俺は石のように身を固くしていたが、やがてぽんと肩を叩かれた。
「もういいぞ」
恐る恐る目を開く。そこには決まり悪そうな顔をしている御子柴がいた。
「……悪い、油断してた」
「い、いや。こちらこそ……」
クッションを抱いたまま、もそもそと身を起こす。捲り上がってたシャツの裾を自分で直した。まだ心臓が早鐘を打っていた。
「あー……ばーちゃんんん……!」
突然、御子柴はその場にしゃがみこみ、頭を抱えた。
髪をかきむしってるところを見ると、とても一言では言い表せない感情らしい。
ひとしきり髪をわしゃった後、御子柴は顔を上げた。
「どーする? 勉強する?」
「いや……。今日は帰ろう、かと」
あやうく際どいところを目撃されそうになった衝撃で、何も手につきそうにない。しかも御子柴のおばあちゃんに、見られるところだった。一歩間違ってたらどうなってたか、想像するだに寒気がする。
「ですよねー……」
残念そうな態度もそこそこに、御子柴はぱっと立ち上がった。
「よし、送る。行こうぜ」
こういう切り替えが早いところは見習いたい。御子柴が差し出した手を、俺はゆっくり掴んだ。
日は西に傾き始めていた。
茜色に染まった住宅街を、御子柴と二人並んで歩く。そこかしこに新緑が芽生えていて、すぐそこに迫る五月の訪れを感じさせた。
隣から不意に苦笑が聞こえた。俺はちらりと目で御子柴の方を見やる。
「なんだよ」
「いや。ばーちゃんに挨拶する時、水無瀬がロボットみたいだったなーって」
御子柴邸を出る前に、離れまでおばあちゃんにご挨拶に行った。家にお邪魔したからというのもあるし、あとおばあちゃんが買ってきたケーキを、御子柴に家族へのお土産として横流しされてしまったからだ。
『お、せわ、になりま、した』
御子柴はロボットみたいだと言ったが、実際はロボットの方がよっぽどなめらかに喋るのではないかというぎこりなさっぷりだった。
『なんのおかまいもできずに、ごめんなさいね』
おばあちゃんは俺の不自然な態度をなんとも思ってないのか、相変わらず上品に微笑んでいた。
さらに御子柴がケーキを持たせたことを報告すると、おばあちゃんはうちの家族が何人いるのかと聞いてきた。妹と母親がいると応えると、ありったけのクッキーやらせんべいやらが入ったギフトを持たせてくれた。
ずっしりとした紙袋は今、俺の手の中にある。
一連の流れを思い出し、俺はため息をついた。
「そりゃ、ああなるだろ」
「ごめんって」
「別に御子柴が悪いわけじゃないし……。俺も浮かれてたというか」
少しの間を置いて、御子柴が呟いた。
「浮かれてたんだ」
遅ればせながら、自分が口を滑らせたことに気づく。
「浮かれッ……て、というか、そのなんていうかっ」
絶対にやついてる。
そう覚悟して振り向いたが、御子柴は――ただ嬉しそうに目を細めていただけで、拍子抜けしてしまった。
「学校じゃなかなか会えないもんな」
その笑顔に夕陽が作り出したかすかな陰が差して、俺は何も言えなくなる。だからただ小さく頷くしかできない。
「俺のこと、見かけるくらいはする?」
「あぁ、うん。なんかリア充軍団作ってた……」
「なんだそれ」
御子柴は軽く吹き出した後、少し顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
「……西蓮寺のこと、見た? あいつが俺にベタベタ触ってくるとことか」
「えッ――⁉︎」



