ある穏やかな秋の夜。
「水無瀬は現状に満足してる?」
仕事から帰ってきて、シャワーを浴びて、飯を食い終わって、のんびりモードの水無瀬に聞いてみた。
「は……?」
ソファに座って、クッションを抱いた水無瀬が首を傾げる。社会人になってもこういう天然であざといところは相変わらずだ。どこかで誰かを勘違いさせてないかとか、誰彼構わずときめかせていないかとか、恋人たる俺としてはいささか心配である。
「あー、悪い。なんの考えもなしに言っちゃったわ。夜の話なんだけど」
「夜? いつの夜……?」
水無瀬は怪訝そうな顔で卓上のカレンダーを見たり、午後十一時を指してる壁掛け時計を眺めている。いや……えー、うそ。通じないの?
「夜の営みの話」
「ゲホッ、ゴホ!」
クッションを鯖折りにするようにして、水無瀬は背を丸めた。もう何年も付き合ってるのに、水無瀬が変わらないことが嬉しくて、俺はあははと笑った。
「何を急に、なんなんだよ!」
「いやぁ、知り合いから聞いたんだけどさー」
咽せた水無瀬の背を撫でながら、続ける。
「同性同士だと、その時々で役割を交代する人らがいんだって。そういえば今までそういうのちゃんと水無瀬に聞かなかったなぁって」
「い……今更?」
「そうなんだけど。でもご希望あるなら聞いとこうかなぁって。どう思う?」
「どうって……交代しようって言ったら、お前するのかよ」
「まぁ、水無瀬がそうしてみたいなら」
「そ、そんな簡単に……」
「だって水無瀬のお願いは叶えてあげたいじゃん」
現実的なのかどうかは分からないけど、突き詰めて言えばそういうことだった。夜のことに限らず、水無瀬が望むならそうしてやりたい。ただそれだけだ。
「俺は……」
水無瀬はクッションに口元を埋めてもごもごする。
「こ、このままが、いい……」
ほとんどクッションに吸い込まれた声を、しかし俺は一言たりとも聞き逃さなかった。
このままでいい、ではなく、このままがいい。つまり、
「水無瀬は俺に抱かれるのが好きなんだ」
「ブッ……!」
再びゲホゴホしたあと、水無瀬は俺に食ってかかる。
「お前は! どうしてそう! デリカシーがないんだ!」
「いや、水無瀬くんにはハッキリ物を申した方がいいと思いまして。……俺に抱かれるの好き? 気持ちいい?」
「っ――、う、うう~……」
水無瀬はクッションを脇に置くと、俺の肩口にぐりぐりと額を押し付けてきた。
「……誰のせいでこうなったと思ってんだよ……」
恥じ入るような、それでいて甘ったるさを含んだ声が、脳天を直撃した。名残惜しかったが、俺は水無瀬の肩を掴んで引き離し、汗ばんだ額に軽くキスをした。
潤んだ瞳を至近距離で見つめる。
「じゃあこれからも抱いていい?」
「……いいよ」
「てか今から抱いていい?」
「……いい、よ……」
俺はゆっくりと水無瀬を引き寄せ、抱きしめた。背中に回る水無瀬の腕がじわりと熱を伝えてきた。



