初夏の太陽が海面にきらめいている。
清掃活動当番の日曜日。
高齢者を中心に、大人たちが集まっている。俺が入りづらく思っていると、町内会の会長らしきおじいちゃんが声をかけてきた。
「サマータイムさんのとこの子だべ。汐高だら?」
人の良さそうな会長の言葉は、少し訛っていて全部は聞き取れなかったけれど、高校の名前は拾えたので、俺は緊張しながら挨拶をした。
「あっはい。よろしくお願いします」
「望月の長男! 汐高だから仲良くな!」
望月と呼ばれた男子が振り返る。ちょっとくせのある茶色い髪を、ハーフアップにしている。横文字の入ったゆるそうなTシャツの袖と、ぴったりしたふくらはぎまでのジーンズの裾が軽く折り上げられていた。
(絶対オシャレにうるさいやつだ)
「えっと、日暮です。よろしくお願いします」
俺が小さくなったままお辞儀をすると、望月の長男くんはにこっと微笑んだ。笑うと幼い印象で、チャラチャラした見た目に反して、かわいい。
(かわいい?)
「あーい、初めまして。望月ふとん店の末っ子長男ですー。ガッコで絡んだことないよな? 何年?」
目力が強い。しきじきと俺を眺めて、望月くんが言った。
「えっと……」
俺は戸惑う。二回目の二年生だけど、夜間学校だし。
「あの、夜間なんで。二年ですけど、会わないと思います」
その瞬間、望月くんの目が見開かれたのがわかった。ちょっと、夜間高校に興味があるという感じだ。
いやだな、と思う。あまり、好奇心に晒されたくない。
「えーじゃあタメじゃん。なんで敬語なの」
「タメっていうか、二年生二回目だから、いっこ上ですけど」
「えっマジか! じゃあオレが敬語?」
「いや、学年一緒だし」
「そっか、じゃお互いタメなー。日暮くん、川の方行こうぜ」
ぐいぐい来る。この世界の人間すべてと、友達になれそうな感じだ。
俺はこういうタイプがぐいぐい来るのがちょっと苦手だ。まだお互いどんな人間かわからないのに。
友達が欲しくないわけじゃないし、かまってくれるのはありがたい面もあるのだけれど、ここ一年くらい、あまりにも周囲との関係を断ちすぎてしまったので、どうしたらいいのかわからない。
少しずつ、距離を縮めていきたいのだ。
仕方なく自分の先を歩く望月くんを追いかけていると、目の前に橋と川が見えて、俺は息を飲んだ。
「ここらへんでやろうぜ。これ日本一早い桜なんだ。一月には花が咲く」
一月に、日本一早く桜が咲く。
「あっここ、『ムーンリバー』……」
見覚えのある風景だった。
去年、観た映画のラストシーン。真冬にたくさん桜の咲く川沿いで、主人公が旅立った憧れの人に想いを馳せていた。
「えっ、日暮くん、大竹監督の『ムーンリバー』、観たことあるの?」
(しまった)
聞かれて失言だったと思う。あの映画を観た日のことは、いい思い出じゃない。映画館を出たら補導されたし。
盛り上げようのない話題を出してしまった。
「あー、まあ」
「日暮くん、もしかして東京の人?」
それもあまり聞かれたくなくて、眉をひそめながらうなずいた俺に気づいたのか気がつかなかったのか、望月くんは続けた。
「あれ、全然やってる映画館なかったじゃん」
「……そうなんだ」
何も、考えずに観た。ただ学校にも家にもいられなくて、寒くて暗くて、仕方なく逃げるように、映画館に入った。
「いいなあ! あれ、オレが小学生のときに、ここで撮影してさあ。毎日撮影を見に行ったのに、できあがった映画は東京でしかやらないってひどいよな! そもそも映画館ないけど、上映会とかやってくれてもさ。たまにリバイバルやってるけど、全部東京だし」
「ここで撮影したんだ」
「そうだよ。いいなー、オレも東京で暮らしたいわ」
いいなあ、と二回繰り返されていらっとした。今の自分を自分で全然好きじゃないのに、うらやましいような感じで言われたからだ。そう思うなら変わってほしい。
「映画館だけで決めるなよ」
「映画館だけって言い方はないんじゃん。こっちには映画館の一軒もないわけ。全国でやってる子供向けのアニメだって、電車に乗って三島か沼津か県外まで行かないとだよ? しかも駅からも近くないとこばっかでさあ。選べるくらいある東京の人にはわからんと思うけど」
「……そういう言い方はないだろ。俺だって好きで東京に住んでたわけじゃないんだ。『ムーンリバー』だって観たくて観たわけじゃないし」
望月くんがムッとしたような顔をした。少し言い過ぎたと一瞬思う。
「観たかったのに観られなかった人間に、それは失礼だろ」
「観たかったら無理してでも観にいけばいい。駅に行ったら東京行きが出てる。乗るだけだよ。どんな理由があったって、結果がすべてだ。行動しなかったら、なんにもならない」
売り言葉に買い言葉だ。言い返されて、勢いでそう言ってしまった。
望月くんは少し顔を赤くして、なんだか泣きそうな顔をしていた。
それを見て後悔した。自分が言ったことは間違ってはいないと思うけど、まるで父さんみたいな言い方をしてしまった。
行動しなかったのは、俺も同じなのに。
清掃活動当番の日曜日。
高齢者を中心に、大人たちが集まっている。俺が入りづらく思っていると、町内会の会長らしきおじいちゃんが声をかけてきた。
「サマータイムさんのとこの子だべ。汐高だら?」
人の良さそうな会長の言葉は、少し訛っていて全部は聞き取れなかったけれど、高校の名前は拾えたので、俺は緊張しながら挨拶をした。
「あっはい。よろしくお願いします」
「望月の長男! 汐高だから仲良くな!」
望月と呼ばれた男子が振り返る。ちょっとくせのある茶色い髪を、ハーフアップにしている。横文字の入ったゆるそうなTシャツの袖と、ぴったりしたふくらはぎまでのジーンズの裾が軽く折り上げられていた。
(絶対オシャレにうるさいやつだ)
「えっと、日暮です。よろしくお願いします」
俺が小さくなったままお辞儀をすると、望月の長男くんはにこっと微笑んだ。笑うと幼い印象で、チャラチャラした見た目に反して、かわいい。
(かわいい?)
「あーい、初めまして。望月ふとん店の末っ子長男ですー。ガッコで絡んだことないよな? 何年?」
目力が強い。しきじきと俺を眺めて、望月くんが言った。
「えっと……」
俺は戸惑う。二回目の二年生だけど、夜間学校だし。
「あの、夜間なんで。二年ですけど、会わないと思います」
その瞬間、望月くんの目が見開かれたのがわかった。ちょっと、夜間高校に興味があるという感じだ。
いやだな、と思う。あまり、好奇心に晒されたくない。
「えーじゃあタメじゃん。なんで敬語なの」
「タメっていうか、二年生二回目だから、いっこ上ですけど」
「えっマジか! じゃあオレが敬語?」
「いや、学年一緒だし」
「そっか、じゃお互いタメなー。日暮くん、川の方行こうぜ」
ぐいぐい来る。この世界の人間すべてと、友達になれそうな感じだ。
俺はこういうタイプがぐいぐい来るのがちょっと苦手だ。まだお互いどんな人間かわからないのに。
友達が欲しくないわけじゃないし、かまってくれるのはありがたい面もあるのだけれど、ここ一年くらい、あまりにも周囲との関係を断ちすぎてしまったので、どうしたらいいのかわからない。
少しずつ、距離を縮めていきたいのだ。
仕方なく自分の先を歩く望月くんを追いかけていると、目の前に橋と川が見えて、俺は息を飲んだ。
「ここらへんでやろうぜ。これ日本一早い桜なんだ。一月には花が咲く」
一月に、日本一早く桜が咲く。
「あっここ、『ムーンリバー』……」
見覚えのある風景だった。
去年、観た映画のラストシーン。真冬にたくさん桜の咲く川沿いで、主人公が旅立った憧れの人に想いを馳せていた。
「えっ、日暮くん、大竹監督の『ムーンリバー』、観たことあるの?」
(しまった)
聞かれて失言だったと思う。あの映画を観た日のことは、いい思い出じゃない。映画館を出たら補導されたし。
盛り上げようのない話題を出してしまった。
「あー、まあ」
「日暮くん、もしかして東京の人?」
それもあまり聞かれたくなくて、眉をひそめながらうなずいた俺に気づいたのか気がつかなかったのか、望月くんは続けた。
「あれ、全然やってる映画館なかったじゃん」
「……そうなんだ」
何も、考えずに観た。ただ学校にも家にもいられなくて、寒くて暗くて、仕方なく逃げるように、映画館に入った。
「いいなあ! あれ、オレが小学生のときに、ここで撮影してさあ。毎日撮影を見に行ったのに、できあがった映画は東京でしかやらないってひどいよな! そもそも映画館ないけど、上映会とかやってくれてもさ。たまにリバイバルやってるけど、全部東京だし」
「ここで撮影したんだ」
「そうだよ。いいなー、オレも東京で暮らしたいわ」
いいなあ、と二回繰り返されていらっとした。今の自分を自分で全然好きじゃないのに、うらやましいような感じで言われたからだ。そう思うなら変わってほしい。
「映画館だけで決めるなよ」
「映画館だけって言い方はないんじゃん。こっちには映画館の一軒もないわけ。全国でやってる子供向けのアニメだって、電車に乗って三島か沼津か県外まで行かないとだよ? しかも駅からも近くないとこばっかでさあ。選べるくらいある東京の人にはわからんと思うけど」
「……そういう言い方はないだろ。俺だって好きで東京に住んでたわけじゃないんだ。『ムーンリバー』だって観たくて観たわけじゃないし」
望月くんがムッとしたような顔をした。少し言い過ぎたと一瞬思う。
「観たかったのに観られなかった人間に、それは失礼だろ」
「観たかったら無理してでも観にいけばいい。駅に行ったら東京行きが出てる。乗るだけだよ。どんな理由があったって、結果がすべてだ。行動しなかったら、なんにもならない」
売り言葉に買い言葉だ。言い返されて、勢いでそう言ってしまった。
望月くんは少し顔を赤くして、なんだか泣きそうな顔をしていた。
それを見て後悔した。自分が言ったことは間違ってはいないと思うけど、まるで父さんみたいな言い方をしてしまった。
行動しなかったのは、俺も同じなのに。
