次の日。俺は昼頃から叔父さんの店を手伝って、夕方には自転車に乗って、また学校に向かった。
今の学校は何か特定のことがいやということはないけど、それでも学校という空間自体がなんとも言えずゆううつだ。
「堀さん、東京のどこに住んでたんですかー?」
「色々だよ、住み込みで働けるところ点々として――」
ギャルっぽい同い年くらいの女子と、二十代前半っぽい体育会系風の男性。年齢も雰囲気も違うクラスメイトが楽しそうに話している。
(そういえば堀さんも、東京から来たんだっけ)
初日に声をかけられて、俺が都内から来たと言ったとき、「一緒だな、よろしく」とかなんとか言われた気がする。その後、自分から話を盛り上げられないので、そのままになってしまっていたけれど。
高校に通う意味がわからなくなって、とりあえず東京でいろんな仕事を経験してみたけれど、定年した親がこっちに家を買い、親と祖父母の面倒を見るためにこっちに来たという。そんなクラスメイトの話を耳に挟むと、ただでさえ低めのテンションが、さらに落ち込む。
同じ高校に通っていなかった人だとしても、前向きに色々チャレンジしていた話を聞くと、何もしていなかった自分とは違う。ギャルの山村さんだって、すでに出産して子育てをしながら高校に通っている。
色々なことをしてきたクラスメイトと自分を、どうしても比べてしまう。
(この一年、何してたんだろ。俺)
何もやらないままに時が流れてしまった自分に心の中でため息をついて、俺は机の上に目をやった。
『この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい。』
昨日の落書きがそのまま残っている。それを見ると、なんだかほっとする。手を伸ばして、そっとその文字を撫でた。
日中はいい天気だったからだろう。初夏の太陽に晒された教室の机が暖かい。落ち込んだ自分の心も、少し温められる感じがした。
(どんな人なんだろう……)
担任が入ってくる。
「……?」
机の中に鞄から出した教科書を入れようとして、俺は中に何か入っていることに気づいた。うちの学校ではお互い時間外に違う生徒が机を使うのはわかっているので、教科書類はロッカーに入れるのが普通だ。
今までそういうことは一度もなかったから、忘れ物?
手を突っ込んで机の中を探って中のものを取り出して、息をのむ。
「……!」
ルーズリーフを折りたたんで作った封筒。表書きに、「この街が孤独だと感じている、もうひとりのあなたへ」とある。
その丁寧な文字には、見覚えがあった。
机の上の落書き。
俺はそのルーズリーフを、ついさっき触れた机の落書きと見比べた。間違いない。「孤独」とか、ほぼ同じ筆跡だ。
心が弾んだ。間違いない。
あの落書きの主から、自分宛の手紙だ。
裏返すと、ローマ字でkaiと書いてある。ちょっと中二病っぽい、「サイン考えました」という感じ。
(もう高二だろ)
心の中で苦笑いしつつ、この街が孤独だと感じるのは、ちょっと子供っぽい感じがして、イメージ通りという気がした。つまり、自分もそうなんだけど。
糊付けられた封を指先で適当に破ろうとして、考え直して、カッターで上辺を切る。開いた後、ぎざぎざした痕が残るともったいない。
封を開けると、中にもルーズリーフが入っていた。取り出して、それに目をやった。
『この街が孤独だと感じている、もうひとりのあなたへ
はじめまして。僕のつまらないらくがきに、お返事くださってありがとう。
僕と同じことを考えている人がいて、本当にうれしくて、お手紙を書きます。迷惑だったら捨ててください。
うれしくて、あなたがどんな人がたくさん考えました。よかったらお話をしてみたいし、したいと思いました。
この教室だったら二年、ですよね?
あなたはどうしてそこにいるんでしょう? 男子なのかな、女子なのかな。夜間高校だったら、年齢も違うかな。夜間だと部活とかはないのかな。日中は働いてる?
よかったらあなたの話を聞かせてほしいけど、それには僕のことも話さないとですよね。僕はだいたいカイって周りの人から呼ばれていることが多いかな。名前が夏海って書いてカイだから、それがそのまま呼ばれることが多い。
まだ子供っぽくてどうしようもない夢なんだけれど、僕は将来映画監督になりたいと思っています。だけど、僕の周りのみんな、本気では取り合ってくれないんだ。友達だって、いつまで、夢みたいなこと言ってるんだって言う。わかるよ、このへんで育ったら、家業を継ぐか先生か公務員か。だいたいみんなそんな進路だよ。でも同じ日本で、映画のコンテストに出ている高校生もいるのに。
だから、僕だけがこの場所で、世界に取り残されているように感じる。それで、僕は同じ気持ちを感じている人に、メッセージを送ったんです。そうして、あなたがそれを拾った。
ねえ、あなたはどんな人ですか? どうして、この街を孤独だと感じたんですか?
よかったら僕に聞かせてください。
kai』
カイ。
心の中で、その名前を呼んでみた。
男子だろうか。「僕」だし、名前の響きもどちらかといえば、その可能性の方が高そうだ。
映画監督になりたいけど、周りの人に理解されない高校二年生。普通に考えたら、一歳下だろう。
どうして彼は映画監督になりたいなんて思ったんだろう?
彼の家は家業があるのだろうか。
聞きたいことがいくつも思い浮かんで、ノートを取るフリをして、手紙の返事を書こうとした。
そうして、手が止まる。
(あー、俺の話。聞かれてるんだっけ)
ボールペンを手にして、何度か書き直した。
どうにもしっくり来ない。
没にしたルーズリーフをめくって、周囲を見回す。ふと、堀さんに目が留まった。
(もし俺が、堀さんだったら、こんなに自分のことを書くことに抵抗があったりしなかったかな)
思いついて、彼になりきって書いてみる。今度は筆が進んだ。
『カイくん、お手紙ありがとう。
僕も君がどんな人なのか、たくさん考えていたので、嬉しかったです。
僕のことは優人と呼んでください。二年生ですが、二十歳は越えています。
高校に行く意味がわからなくて、東京で色々仕事をしてきました。正直今もよくわからないけど、家庭の事情でこっちに帰ってきたので、この機会に途中で行かなくなった高校に戻ることにしました。
どうして、この場所を孤独だと思ったのかでしたね。なんでだろう? だって、周りとあんなに違って、孤独でないわけがあるだろうか? 正直、僕には周りと同じであることの意味がわからない。がんばっても同じになれないのに、僕には同じでなくなる勇気もないんだ。
自分でもよくわかっていないことを、ぐちゃぐちゃと書いちゃってごめんね。
カイくんは、映画監督になりたいんだ。その話、よかったらもっと聞かせてください。君の夢が叶いますように。
yuto』
優人、は叔父さんの名前だ。
名前まで堀さんから借りるのは悪い気がして、叔父さんの名前を書いた。叔父さんの名前を自分の名前のように書くのは、少しテンションが上がった。
叔父さんのことは好きだ。
父親に色々言われても、自分の店を持ってひとりで生きている。そういうところを尊敬している。
堀さんのふりは、最初だけしかできなかった。どうしてこの場所を孤独だと思ったのか。そこは、自分の話しか書けなかった。だって、堀さんはそんなこと思ってもいないだろう。
それでも、堀さんになりきって手紙を書くのは楽しかった。手紙の上だけでも、誰か他の人になったような気持ち。誰でもいい。誰か自分以外の人間になりたい。
その手紙を、封するのには抵抗があった。だって嘘だし。後ろめたい。カイを騙している。
そう思って、名前だけでも自分の名前に変えようかと考えた。でも、自分の名前だと思うと、何も書けない。
こんな自分にせっかく興味を持ってくれたのに。自分には何も伝えることがない。
授業が終わった後も、俺はしばらく手紙を机の中に残すか悩んで、暗くなった教室にぼんやりと残っていた。
「日暮くん、もう鍵をかける時間だよ」
担任に声をかけられる。
どうしても、カイとやりとりしたい。
その気持ちに背中を押されて、俺は手紙を机の中に押し込んだ。
今の学校は何か特定のことがいやということはないけど、それでも学校という空間自体がなんとも言えずゆううつだ。
「堀さん、東京のどこに住んでたんですかー?」
「色々だよ、住み込みで働けるところ点々として――」
ギャルっぽい同い年くらいの女子と、二十代前半っぽい体育会系風の男性。年齢も雰囲気も違うクラスメイトが楽しそうに話している。
(そういえば堀さんも、東京から来たんだっけ)
初日に声をかけられて、俺が都内から来たと言ったとき、「一緒だな、よろしく」とかなんとか言われた気がする。その後、自分から話を盛り上げられないので、そのままになってしまっていたけれど。
高校に通う意味がわからなくなって、とりあえず東京でいろんな仕事を経験してみたけれど、定年した親がこっちに家を買い、親と祖父母の面倒を見るためにこっちに来たという。そんなクラスメイトの話を耳に挟むと、ただでさえ低めのテンションが、さらに落ち込む。
同じ高校に通っていなかった人だとしても、前向きに色々チャレンジしていた話を聞くと、何もしていなかった自分とは違う。ギャルの山村さんだって、すでに出産して子育てをしながら高校に通っている。
色々なことをしてきたクラスメイトと自分を、どうしても比べてしまう。
(この一年、何してたんだろ。俺)
何もやらないままに時が流れてしまった自分に心の中でため息をついて、俺は机の上に目をやった。
『この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい。』
昨日の落書きがそのまま残っている。それを見ると、なんだかほっとする。手を伸ばして、そっとその文字を撫でた。
日中はいい天気だったからだろう。初夏の太陽に晒された教室の机が暖かい。落ち込んだ自分の心も、少し温められる感じがした。
(どんな人なんだろう……)
担任が入ってくる。
「……?」
机の中に鞄から出した教科書を入れようとして、俺は中に何か入っていることに気づいた。うちの学校ではお互い時間外に違う生徒が机を使うのはわかっているので、教科書類はロッカーに入れるのが普通だ。
今までそういうことは一度もなかったから、忘れ物?
手を突っ込んで机の中を探って中のものを取り出して、息をのむ。
「……!」
ルーズリーフを折りたたんで作った封筒。表書きに、「この街が孤独だと感じている、もうひとりのあなたへ」とある。
その丁寧な文字には、見覚えがあった。
机の上の落書き。
俺はそのルーズリーフを、ついさっき触れた机の落書きと見比べた。間違いない。「孤独」とか、ほぼ同じ筆跡だ。
心が弾んだ。間違いない。
あの落書きの主から、自分宛の手紙だ。
裏返すと、ローマ字でkaiと書いてある。ちょっと中二病っぽい、「サイン考えました」という感じ。
(もう高二だろ)
心の中で苦笑いしつつ、この街が孤独だと感じるのは、ちょっと子供っぽい感じがして、イメージ通りという気がした。つまり、自分もそうなんだけど。
糊付けられた封を指先で適当に破ろうとして、考え直して、カッターで上辺を切る。開いた後、ぎざぎざした痕が残るともったいない。
封を開けると、中にもルーズリーフが入っていた。取り出して、それに目をやった。
『この街が孤独だと感じている、もうひとりのあなたへ
はじめまして。僕のつまらないらくがきに、お返事くださってありがとう。
僕と同じことを考えている人がいて、本当にうれしくて、お手紙を書きます。迷惑だったら捨ててください。
うれしくて、あなたがどんな人がたくさん考えました。よかったらお話をしてみたいし、したいと思いました。
この教室だったら二年、ですよね?
あなたはどうしてそこにいるんでしょう? 男子なのかな、女子なのかな。夜間高校だったら、年齢も違うかな。夜間だと部活とかはないのかな。日中は働いてる?
よかったらあなたの話を聞かせてほしいけど、それには僕のことも話さないとですよね。僕はだいたいカイって周りの人から呼ばれていることが多いかな。名前が夏海って書いてカイだから、それがそのまま呼ばれることが多い。
まだ子供っぽくてどうしようもない夢なんだけれど、僕は将来映画監督になりたいと思っています。だけど、僕の周りのみんな、本気では取り合ってくれないんだ。友達だって、いつまで、夢みたいなこと言ってるんだって言う。わかるよ、このへんで育ったら、家業を継ぐか先生か公務員か。だいたいみんなそんな進路だよ。でも同じ日本で、映画のコンテストに出ている高校生もいるのに。
だから、僕だけがこの場所で、世界に取り残されているように感じる。それで、僕は同じ気持ちを感じている人に、メッセージを送ったんです。そうして、あなたがそれを拾った。
ねえ、あなたはどんな人ですか? どうして、この街を孤独だと感じたんですか?
よかったら僕に聞かせてください。
kai』
カイ。
心の中で、その名前を呼んでみた。
男子だろうか。「僕」だし、名前の響きもどちらかといえば、その可能性の方が高そうだ。
映画監督になりたいけど、周りの人に理解されない高校二年生。普通に考えたら、一歳下だろう。
どうして彼は映画監督になりたいなんて思ったんだろう?
彼の家は家業があるのだろうか。
聞きたいことがいくつも思い浮かんで、ノートを取るフリをして、手紙の返事を書こうとした。
そうして、手が止まる。
(あー、俺の話。聞かれてるんだっけ)
ボールペンを手にして、何度か書き直した。
どうにもしっくり来ない。
没にしたルーズリーフをめくって、周囲を見回す。ふと、堀さんに目が留まった。
(もし俺が、堀さんだったら、こんなに自分のことを書くことに抵抗があったりしなかったかな)
思いついて、彼になりきって書いてみる。今度は筆が進んだ。
『カイくん、お手紙ありがとう。
僕も君がどんな人なのか、たくさん考えていたので、嬉しかったです。
僕のことは優人と呼んでください。二年生ですが、二十歳は越えています。
高校に行く意味がわからなくて、東京で色々仕事をしてきました。正直今もよくわからないけど、家庭の事情でこっちに帰ってきたので、この機会に途中で行かなくなった高校に戻ることにしました。
どうして、この場所を孤独だと思ったのかでしたね。なんでだろう? だって、周りとあんなに違って、孤独でないわけがあるだろうか? 正直、僕には周りと同じであることの意味がわからない。がんばっても同じになれないのに、僕には同じでなくなる勇気もないんだ。
自分でもよくわかっていないことを、ぐちゃぐちゃと書いちゃってごめんね。
カイくんは、映画監督になりたいんだ。その話、よかったらもっと聞かせてください。君の夢が叶いますように。
yuto』
優人、は叔父さんの名前だ。
名前まで堀さんから借りるのは悪い気がして、叔父さんの名前を書いた。叔父さんの名前を自分の名前のように書くのは、少しテンションが上がった。
叔父さんのことは好きだ。
父親に色々言われても、自分の店を持ってひとりで生きている。そういうところを尊敬している。
堀さんのふりは、最初だけしかできなかった。どうしてこの場所を孤独だと思ったのか。そこは、自分の話しか書けなかった。だって、堀さんはそんなこと思ってもいないだろう。
それでも、堀さんになりきって手紙を書くのは楽しかった。手紙の上だけでも、誰か他の人になったような気持ち。誰でもいい。誰か自分以外の人間になりたい。
その手紙を、封するのには抵抗があった。だって嘘だし。後ろめたい。カイを騙している。
そう思って、名前だけでも自分の名前に変えようかと考えた。でも、自分の名前だと思うと、何も書けない。
こんな自分にせっかく興味を持ってくれたのに。自分には何も伝えることがない。
授業が終わった後も、俺はしばらく手紙を机の中に残すか悩んで、暗くなった教室にぼんやりと残っていた。
「日暮くん、もう鍵をかける時間だよ」
担任に声をかけられる。
どうしても、カイとやりとりしたい。
その気持ちに背中を押されて、俺は手紙を机の中に押し込んだ。
