「『――この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい』」
 街の向こうに海が見える。熱海の街が一望できる高台で、街を見下ろした俺は最後の台詞を言う。
 それを見て、夏海は満足げにスマホの録画を止めた。
 ついに最後のシーンを撮り直して、夏海の映画はほとんど完成だ。
「これで終わり?」
 俺が確認のために尋ねると、画面を確認していた顔を上げて夏海が微笑んだ。
「うん。このシーンだけ入れ替えたら、完成かな」
「そうしたら、コンテストに出せるね?」
「うん!」
 風に吹かれて夏海の少し長い癖のある髪が揺れる。
 俺は汗で髪がはりついた夏海の頬のラインを、右手の人さし指でそっと撫でた。夏海はいやそうでもなくそれを受け入れて、手元のスマホ画面を確認している。
「澄人は画面で見ると、マジカッコいいよなー」
 夏海はなんでもないことのようにそう言って、画面に釘づけだ。
「夏海」
「ん?」
「俺、映画ができあがったら、話したいなと思っていたことがあるんだけど。今話しても大丈夫?」
「うん、何?」
 夏海が顔を上げて、小首をかしげる。
 俺は深呼吸した。ここのところ、暇さえあればイメージトレーニングしていた。
 大丈夫、落ち着いて話そう。
 俺はもう一度頭の中でおさらいすると、夏海を見つめた。
「あの、さ。『この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい』です」
「うん……?」
「だからさ、あの。……俺と付き合ってもらえませんか」
 やたらと早口になってしまった。顔が熱い。
「……あ……」
 俺が照れているのに影響されたのか、夏海も照れたような表情をした。
「あの、彼氏として、ってことなんだけど。ダメかな?」
 夏海からすぐに答えが返ってこなくて、だんだん不安になってきた。
(好きって言ってたよな? 別にそのあとも、くっついてきたしこっちが触ってもいやそうな感じはないし……)
 一瞬だったのだと思う。それでも俺には永遠にも思われる時間が過ぎて、恥ずかしそうに夏海がはにかむ。
「うん……、よろしく、お願いします」
(やった――!)
 目が合って、少し赤らんでいる夏海の目元を見て、胸がキュッとした。大好きだ。
「よかった」
 ここしばらくの心配ごとが解決して、俺も思わず微笑んだ。俺に、初めての恋人ができたんだ!
(――?)
 俺のシャツの裾をつかんで、夏海が上目遣いで見上げてきた。
「澄人、覚えてる?」
「何を?」
「好きな人とできるまで、大事にしたいって言ったじゃん?」
 そう言うと、夏海は自由な方の指で、その唇に触れてみせた。少し濡れたような、やわらかそうな唇。
『な、キス……してみる?』
 出会ったばかりのころの、夏海の提案。
『好きな人とできるまで、大事にした方がいいかなって』
 そう答えたのは俺。
「え、ああ」
「それって、まだ違う感じ?」
 夏海の体が近い。
「あ、いや、ち、違わない、かな……」
 ほとんど触れそうに近づいてきていた夏海の体を、俺は腕を広げて抱きしめた。真夏で暑いし汗だくだけど、それどころじゃない!
「澄人、好きだよ」
 腕の中の夏海がささやく。その声の甘さにくらくらした。甘くて、温かくて、わけがわからなくなりそう。
「俺も。夏海のことが大好き」
「じゃあ、」
 ごく近くで、夏海が自分を見てくる。今! よくわからないが、絶対に失敗してはいけない状況にいる。
 こういうとき、映画だったら、なんて言ってたっけ。
 俺は内心焦りながら、夏海と観た映画の台詞を思い出そうとした。
「えっと、目を閉じて」
「ん……」
 無防備な唇が自分のことを待っている。俺は数か月前に、この唇にキスをしたいという衝動に駆られたことを思い出した。
 その気持ちは今も変わらなくて。
(夏海と出会って。今こうなれて、よかった)
 優しい気持ちが胸を満たす。
 自分のことは、まだ定期的に嫌いになる。それでも夏海のそばにいて、夏海の孤独を受け止めて、夏海を守って、夏海が誇れる恋人でありたい。
 俺はそっと目を閉じた。
 自分はまだどうしようもなくしょうもない人間で、無力だけれど。こんな自分を受け入れられる、今日よりも強い自分になりたい。
 この、孤独な街で。明日も明後日も、きみのそばで。

END