この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい

「ただいま」
「お邪魔します、優人さん」
 サマータイムの重い扉を押して開ける。ロマンティックなピアノがあふれた。リチャード・ワイアンズ・トリオの『ホエン・アイ・フォール・イン・ラブ』かな。
 俺の後ろから顔を出した夏海に、カウンターにいた叔父さんが声をかけた。
「望月くん、遅くならないうちにおうちに帰るんだよ」
「はい」
「澄人くんも、引き留めないように。また明日、会えばいいんだからね」
 叔父さんが二階に夏海を連れて行こうとしている俺をちらりと見て、ウィンクしてみせる。
「はーい」
 あの台風から一か月。夏休みをいいことに、俺は夏海を毎日部屋に連れ込んでいる。いや、連れ込んでいると言っても、俺のパソコンを夏海に貸しているだけだ。
 でも夏海が毎日うちに遊びにくるようになったのはあの台風の翌日からだし、叔父さんはなんとなくわかっているだろう。夏海と一緒にいる自分は、自分でもだいぶテンションが上がっていると思うし。
 あの日、帰ってきた俺たちは、それぞれ家族にさんざん怒られた。
 それでも大竹監督の映画を観た夏海はモチベーションが上がったのか、夏休みになったのもあって、毎日必死に映画を作り始めた。俺の部屋に来るのは、その編集作業に俺のパソコンを使っているから。
 それだけ、ということになっている。
 いや、ちょっと俺の方にはいろんな期待がないわけじゃないけども。俺たちがあんまり遅くまで盛り上がってしまうと、隣の部屋の叔父さんにも迷惑だし。
 夏休みなんだから、また明日会えばいいのはたしかにそうだから、俺は叔父さんの言いつけを守って、補導される時間になる前には、夏海を帰すようにしている。
「うーん、なんかいまいちなんだよなー」
 俺と夏海は、ソファベッドで並んで座っていた。もともとはリビングにおいてあって、ソファだったのを俺が来たのでむりやりベッドにしたから、だいぶこぢんまりしたベッドの上。
「どこが?」
 パソコンの画面をにらみつけている夏海の頭に、自分の顎を乗せるようにして、俺は背後から覗き込んだ。
 ふわふわの髪がくすぐったい。
(いや、今のは単に、パソコンの画面を見るためには仕方ないし)
 そんなふうに自分に言い訳してみたけれど、正直なところ、俺は今夏海が俺から逃げなかったことで頭がいっぱいだ。真剣に画面で同じシーンを何度も繰り返して見ている夏海には、申し訳ないけど。
(頭だけじゃなくて、手も回してもいいのかな? どうしよう、いいか聞く?)
「んー、ここさ。ちょっと前のシーンと似てるんだよなー。うーん、まとめた方がすっきりするかなぁ」
「あー、たしかに」
 夏海があまりに真剣なので、しばらくパソコン上で作業をしているのを眺める。ひと段落ついたように見えたところで、俺は声をかけた。
「かーいー」
 自分でもちょっと引くけど、少し甘えた感じの声が出る。こんな声で呼ぶことも、最近はだいぶ増えてきた。夏海もそれを許してくれている、感じがする。
「んー?」
 返ってくる声も甘い、気がする。
「あの、触ってもいい?」
 ふふっと笑って、夏海がつぶやく。
「もう触ってるじゃん」
 その声に艶を感じて、俺はドキドキする。
(――許してくれるなら、もっとだよ)
 俺がおずおずと肩に片手を回すと、夏海は作業の手を止めて、体を預けてきた。心地よい体重に、気が遠くなりそうだ。
 階下から聞こえてくる甘いピアノがいい雰囲気を作ってくれる。
(あー、好き……)
 最近、夏海はこうやって、俺に気を許してくれるように見えることが増えた。それは嬉しい。
 でも、ひとつ気になっていることがあって。
(俺たちって、付き合ってはない、よな?)
 「もう好きになってる」とは言っていたけれど。別に付き合おうとか今日から恋人だとか。そんな話は一度もしていない。
 熱海に帰ってきてから、ちょうどいいタイミングで出せそうなコンテストを見つけたのもあって、夏海はほとんど映画にかかりきりだ。
 ときどき、今日みたいに肩を抱くような感じになったり、夏海の方から寄りかかってきたり、いい雰囲気になることがなかったわけではないのだけれど。
「夏海……」
 聞いてみたいけど、勇気がいった。
「……あ!」
 俺がそのことを確認しようかどうしようか、ためらっているうちに夏海ががばっと身を起こす。合わせて、俺も慌てて腕をほどいた。
 体を起こした夏海が、パソコンをまたいじり始めた。何か、いいアイデアを思いついたのだろう。俺のことなんか存在も忘れたように、パソコンにかじりついている。
(まあ、映画ができあがってからでいいか)
 夏海の一生懸命に作業する横顔を見ていると、そんな気持ちになってくる。応援したいのも、本当だし。
 映画が完成したら、自分から付き合ってほしいと言おう。今度はちゃんと、イライラした勢いで言ったり、夏海を困らせたりしないで、夏海の気持ちが落ち着いてるときに。
 ……怖いけど。でも、もっと夏海に近づきたい。