この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい

「最高だった……」
 映画館のロビー。まだ感動の余韻に浸っているらしい夏海を、俺は隣で見守っている。
「俺は、最初観たときはつまらない映画だと思ったんだけどさ。恋をしたら、なんかちょっとわかってきたな」
「え、どこが」
「うーん、あなたの孤独は、あなたの孤独のところとか」
「あっ、それも染みるよなあ! 絶対、それはそうだけど、でも一緒にいたいって、いいよな!」
 たぶん今がまさにそうだよ、と俺は心の中で思った。自分は大竹監督の良さがそこまでよくわからないし、東京に来てまで観たいわけじゃないけど、でもここまで来たかった夏海を応援したかった。
 映画監督になりたい気持ちも、自分もなりたいわけではないから完全にわかったとは言えないけれど、応援したい。
「あ、」
 ポケットに入れてあったスマホが震えている。取り出して名前を確認した。息が止まる。
 父さん。
 どうしよう、と思った。今まで、父さんからの電話は全部無視してきた。だから何かあれば、全部叔父さん経由だった。
(出てみよう、かな)
「もしもし」
『澄人、元気か?』
 今まで無視してきた俺が出るとは思わなかったのか、父さんも少し動揺しているように聞こえた。
「うん、超元気」
 昨日は台風の中、一駅歩いて駅で夜を明かしたくらい元気だよ。そう、心の中で続ける。
 父さんの口ぶりだと、今日の電話は偶然で、別に叔父さんが家に帰って来ないと連絡したわけではないようだ。
『そっちの生活はどうだ?』
 変な質問だなぁ、と思う。
「めっちゃ楽しい」
 あ、「めっちゃ」って使っちゃったな。夏海がよく使うから。
 今朝東京に着いたときの違和感も思い出して、俺は少し微笑んでしまった。少しずつ、熱海の人っぽくなってきてるのかも。それは嫌じゃない。
『これから、どうするつもりだ?』
「こっちでの生活が好きだから、当分こっちでがんばってくよ。まあ大学はないから、将来はわかんないけど」
 父さんは面食らったようだった。俺が、こんなに前向きに熱海での生活を楽しんでいるとは思っていなかったんだろう。数ヶ月前の俺でも、今自分がこんな気持ちになっていることは信じられなかったはずだ。
「よかったら、父さんもこっちに遊びに来たら?」
 面食らったままの父さんを電話口に残して、俺は電話を切った。
「親?」
 夏海が微妙な顔で聞いてくる。
「うん」
「あのさ。実はオレ、昨日スマホの電源切れちゃってさあ、帰らないって連絡してねえんだよな。日帰りのつもりだったし」
 たしかに、夏海は昨日は俺と会ってからはすぐ寝てしまったし、その前に連絡していなかったら伝わっていないだろう。俺は叔父さんには連絡したけれど、夏海といるとは言ってないし。
「した方が、いいよな」
「まあそりゃ、心配はしてるんじゃ。俺の携帯使う?」
「あー、お願いできますか……」
 これから怒られることを想像したのだろう。目に見えてしょんぼりした夏海に、俺は自分のスマホを渡した。
「あー、うん。ごめん……うん、連絡しなかったのはほんと、反省してます。ちゃんとバッテリー持ち歩くから……、ごめんなさい。あの、父さんいる? うん、話したいことがあって……帰ったらちゃんと話すから……」
 夏海はさっきとは違う、また泣きそうな顔で電話している。
 俺はそのあどけない横顔を眺めた。
 さっき、父さんに言ったことを思い出す。
 大学。
 熱海にはないから、東京か横浜か三島か静岡か、どこかに出ることにはなる。
 どうなるかわからないけど、今日みたいに、夏海と東京で過ごすような未来があったりするかなあ、とぼんやり思う。
 そのときも一緒に、夏海といられたら嬉しい。そう思った。