この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい

 翌日は、台風一過の快晴だった。
 ホームから見る空は、昨日の大雨が嘘のように晴れている。俺と夏海は、まるで遅延していなかったかのようにホームに現れた電車に乗った。
「あ、小田原か。フィリピン海プレートとオホーツクプレートの境目って、このへんだよな」
 ボックス席の車窓から外を見ながら、夏海がぽつりと言った。
「ああ、そうか。俺たちは、孤独な場所から外に出ようとしてたんだ」
 教室に貼ってあった地図を思い出しながら、俺が言うと、夏海が俺を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。いいな、それ」
 自分が作っている映画のことを思い出したのか、夢見るような表情だった。
 俺はそんな夏海をしばらく眺めた。
 俺は孤独な場所から出ようとしている。きみがいて、きみと一緒に。
 そう思うと、俺も夢見るような気持ちになる。幸せだ。
 車窓の風景がだいぶ都会になってきたころ、俺は彼に尋ねた。
「映画館、何駅だっけ?」
 夏海が告げた映画館の場所を確認して、品川駅で山手線に乗り換えることにする。
 休日の都会の駅は人が多くて、俺は夏海の手を引いた。
(これは別に、恋愛的なことじゃなくて。人が多いし、夏海は慣れてなくてうろうろしてるから)
 自分でもちょっと言い訳がましいけど、夏海もいやがってる感じじゃないし、まあいいよな。
 数分ごとに来るので時刻表のいらない電車をホームで待った。夏海が少しためらいがちにつぶやいた。
「澄人が貸してくれたもんに、文句を言うわけじゃねえんだけど。オレたち、なんかちょっと、電車の上りと下り、間違えて反対側に乗った人みたいじゃん?」
 俺にも、彼が言おうとしていることは理解できた。なんというか、都会のど真ん中でハーフパンツを履いている俺たちは、海水浴場に行こうとして、間違って東京行きに乗ってしまった人みたいだった。
 そもそも、山手線には上りも下りもないわけだけど。
「わかる……」
 別に、今日特別に変な格好をしてきたわけじゃない。熱海の海辺では、何度も着ていた服だった。それでも、ここでは浮いている気がした。
 正直なところ、服装だけじゃない。俺が少しこの場所になじまない気持ちになった理由は他にもあった。
 普通に歩いたら人にぶつかるし、空気も悪いような気がする。
 ここに住んでいたのはほんの数ヶ月前で、当然のように昼も夜もうろついていたのだけれど、今はなんだか、自分の場所ではない気がした。
「俺、自分で思ってた以上に熱海になじんでるのかなあ。なんかちょっと都会に疲れる」
 思わず俺は言った。
「澄人がそう言うとホッとするわー。オレもちょっと疲れると思ってた」
 夏海はそう言うと微笑んできた。そんな顔もかわいい。
 それに、絶対東京に行くと言っていた彼が、東京に対してネガティブな感情も素直に口にできていることにホッとした。
「あ、ここだね」
 俺はスマホの地図に照らし合わせて、小さな映画館を見つけ出す。
「あ、ここ……」
 入り口に貼ってあった『ムーンリバー』のポスターに目が止まる。夏海と一緒に初めて清掃活動に行った、あの日本一早く咲く桜の木が並ぶ川が、モノクロで撮影されている。
 以前映画を観たときにもポスターは見ていたはずだけれど、実際にその場所を知ってから見ると、なんだかひどく懐かしくて切ない気持ちになった。
「めっちゃ綺麗だ。いつもの糸川じゃねえみたい」
 夏海も目を奪われたように足を止めて、ポスターを眺めた。彼はポスターも見るのは初めてだろうか。
 そこまで有名な作品ではないからか、日曜日だというのに、映画館には空席が目立った。
 映画が始まると、夏海はいつになく真剣な表情になった。いつも笑顔でいることの多い彼には珍しい。俺は邪魔をしないように、じっとしていた。
 正直俺には、この映画は退屈だ。あまり画面に変化がなくて、主人公の独白やシーンの断片が続く。それでも、画面に知っているところが頻繁に出てくるせいか、以前見たときよりも興味を惹かれた。
『あなたの孤独は、あなたの孤独で、僕の孤独は、永遠に僕の孤独です。それでも一緒にいることは、できませんか』
 主人公はそう言って、一緒にいることを求めるけれど、彼の愛した人――愛した男は去ってしまう。
 ちらりと隣の夏海の様子を窺うと、夏海は頬を擦って、涙を拭いながら観ている。夏海は俺よりもきっと、自分が孤独であることをずっと考えてきたのだろうと思う。
 この映画を前に観たときの俺も、孤独ではあったと思うのだけれど、あまりそのことについて、考えないようにしていた。夏海は俺よりも感情をとらえるのがうまいし、言葉にするのがうまい。そういうところが、やっぱり芸術家なんだ。たぶんだからこそ、あの街で孤独を感じてきたのだろうけれど。
 繊細で、いろんなことに敏感で。傷つきやすいけれど、優しい。夏海のそういうところが、すごく好きだ。
(映画監督になれるといいな、夏海)
 俺は映画の間じゅう、そんなことを思っていた。