この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい

(出ない……)
 俺はまた、スマホの画面を見てため息をつく。今日、何十回目かわからない。
 昨日は試験が終わってから夏海に連絡したけれど、反応はなかった。そもそも学校を出たのが夜の九時半くらいだったので、自宅に着いたのは十時ごろ。
 夏海の家はすぐ歩いていける距離ではあるけど、さすがに非常識な時間だろうと思うと訪問はできなかった。反応がなかったのも、普通に寝ているのかもしれなかったし。翌日は遠出をする予定なわけだし。
『夏海、本当にごめんなさい。自分に自信がなくて、叔父さんのふりをしていました。きみがカイだって、二回目の当番のときに気づいて、謝りたいとずっと思っていたのですが、勇気がなくて、先送りにしてしまいました。ほんとは、その話をしてから告白すべきでした。本当にごめん。あの、明日は東京に行く日だよね。何か困ったら、連絡してね。帰ってきたら、また話をさせてください。澄人』
 メッセージだけは送った。見たかはわからないけど、今日初めてひとりで東京に行っているのなら、俺のメッセージへの返信どころではないだろう。
 叔父さんが店内でラジオを流していた。今日は台風が上陸するというので、喫茶は臨時休業の看板が出ている。雨はまだ激しく降っているくらいだが、今後、吹きつけるように降ってくるのだろうか。
「台風が上陸するのは夜になるみたいだね。澄人くんの予定は?」
「俺は、別に、……何もないけど」
 ニュースを聞いて尋ねてくる叔父さんに、俺は言葉を濁した。自分は何もないけれど、夏海は大丈夫だろうか。このあたりの電車は地形的に雨に弱い。在来線は一本しかないから、代替も新幹線しかないし。
 大竹監督の映画を観られる機会はそうないだろうから、夏海は必死で行こうとするに違いない。自分に車が運転できたら、送っていってあげるのに。
 そう思って、俺は自分につぶやいた。
(他人をうらやましがらない)
「電車が遅延してるみたいだね」
 俺が言うと、叔父さんが尋ねた。
「どうした? どこかに行く予定?」
 気になっているのが叔父さんにも伝わってしまった。
「あ、うん。学校の友達が東京で、今週だけ上映の映画を観にいくって言ってたから、大丈夫かなって」
「ああ、無理に行っても帰って来れなくなりそうだなあ。一人? 大人はお金あればホテルでも漫画喫茶でも時間潰せるけど、高校生は困っちゃうよな」
 未成年が夜、どこかで時間を潰すハードルの高さは俺もよくわかっている。自分も居場所がなくて夜ふらふらしていたからだ。
『台風で電車が遅れてるみたいだけど、大丈夫?』
 俺はまたスマホを見て、メッセージを送った。
 しばらくすると、スマホが光る。返信だ。俺は慌てて画面に触れた。
『まだ出たばっかりだけど、全然進まない。っていうか、心配してくれるのは嬉しいけど、オレ、まだ怒ってるからな。』
 夏海だった。怒ってると言いつつ夏海から返事が来たことにほっとした。それから内容に心配になる。返信をくれたのも、俺を許したというよりは、心細いからだろう。
『小田原に着いたら新幹線で帰っておいでよ。新幹線ならまだ動いてるみたいだから。』
 俺が返事を書くと、またすぐ返事がきた。
『やだ。新幹線代を払うくらいなら東京に行きたい。』
 その気持ちはわかる。特に夏海は、親に内緒だから、こっそり貯めたお金で行っているんだろうし……。
 俺は窓を見た。雨はさっきよりも激しくなってきている。
 それから叔父さんを窺う。夏海を迎えに行きたいと言ったら、さすがに反対されるだろう。叔父さんは大人だから、夏海が困っていると言ったら、夏海の親に話を入れるはずだ。でも、東京に行くのは親には内緒だと言っていた。それを言ってしまったら、夏海と親の関係が悪化しそうだ。
「あの、叔父さん」
「何?」
「ちょっとだけ、出てくるね」
「何しに?」
「あの、うーん、あの。図書館の本、昨日までだった」
 叔父さんは笑った。
「今日は図書館の人もお休みじゃない? 一日遅れても二日遅れても、たいして変わらないんじゃないかな」
「あの、どうしても気になるから」
「そう? 真面目だな。風で何か飛んできたりするかもしれないし、気をつけて」
 俺は作り笑いをして、手元のスマホをいじった。
『新幹線で小田原まで迎えに行くから、降りたところで待ってて。もしかしたら俺の方が早く着くかもだけど。』
『迎えにきても帰んねーし。』
 そう言う夏海の表情が思い浮かぶような気がして、俺は小さく微笑んだ。夏海の覚悟はわかっている。
『いいよ。俺も行くから、一緒に東京に行こう。』